続・せみしぐれ〜color〜（後編）-2
――でも。
「あ、足が…」
全く力が入らない両足はよろよろとふらつき、私は再び布団の上にへたり込む。
「当たり前だ。あんた、まだ熱が高いんだ。それに、家のことは大丈夫だから…松下 千波さん」
「――え？」
どうして、名前…。
「昨日、あんたの旦那と姑がうちさ来たよ。どこで聞きつけたんだか、まだ眠り続けるあんたを連れて帰るって、鬼のような形相しててなぁ。でも、うちのお父ちゃんが、今、こんな傷であんたを動かすのは良くないし、この傷は…ＤＶだろうって言ったら、血相変えて帰ったわ」
「…ＤＶ？」
耳慣れない言葉に、思わず聞き返してしまった。
ＤＶって…家庭内暴力のこと？
いや、そんなんじゃない。
夫は、ちょっと愛情表現が過激なだけで…。
確かに、キレた夫は恐怖だけれど、それは、私をそれだけ大切に思ってくれているからだ。
家の奥深くで守られ、私は愛されている。
そう目の前のご婦人に告げたら、彼女は静かにため息をついて私を見つめた。
「…あんたの事情はわからんけど…相手を傷つけることが愛情か？自分の身体は自分で守るもんだ。おばちゃんには、あんたの身体も心も泣いてるように見えるよ」
「――――……」
「とりあえず、傷が癒えるまではここで休んでいき。うちは、Ｋ町の民宿『さくらだ』で、私は桜田路子といいます。何かあったら遠慮なく言うんだよ」
優しげな笑顔を残し、『路子さん』は扉の向こうに消えた。
やがて、ひとり残された部屋に、夕暮れの気配が忍び寄る。
『身体も心も泣いている』
そんな事、人に言われたのは初めてだった。
確かに、子供の頃から孤独な日々だったけれど、でも、それなりに上手く、自分の気持ちとの折り合いはつけて生きてきたつもりだったのに。
もしかしたら私、何か間違っているのかな…。
熱のせいか、やっぱりぼんやりしてしまう頭で懸命に考えていたら、急に悲しくなった。
こみ上げる涙。
喉の奥が熱い。
我慢しても止まらない嗚咽を、階下の路子さんたちに隠したくて、私は布団を頭の上まで引っ張り上げる。
（あ…いい匂い…）
鼻をくすぐる、どこか懐かしいような匂い。
ふかふかの布団は太陽の温もりに溢れていて、突然の出来事に混乱していた全身の緊張がほぐれていく。
「…明日、また考えればいいかなぁ…」
誰に向けたわけでもない私のつぶやきは、もちろん誰からの返事もないまま、茜色に染まる部屋に溶けて。
そうして、私は再びの眠りに落ちていった。