続・せみしぐれ〜color〜(後編)-15
「あ、あの…ごめ…すみません」
「…え…?」
耳に届いた小さな声は、相模くんからの謝罪の言葉だった。
驚いて顔を上げれば、俯き困り果てた様子の少年がそこにいて。
その右手には、彼が着ていたはずのTシャツが握られていた。
(もしかして…)
さっきの、身体を拭く為に渡してくれようとしていたのはこれだったの?
「ち、違うの!ごめんね、せっかく心配してくれたのにね」
慌てて、彼の手からTシャツを奪い取るようにして受け取った。
(…自分だってずぶ濡れなのに…)
変わらず立ち尽くしたままの相模くんを見ながら、改めて思う。
もちろん、今は私の手にある彼のTシャツだってビショ濡れだ。
でも、せめてもと固く絞ってくれてたみたいで。
…あぁ、バカだ私。
――傷つけた。
胸に、彼の白いTシャツを抱きしめる。
冷たい布地から伝わってくるのは、温かな相模くんの優しさ。
相模くんの匂い。
「――――……!」
心が、悲鳴を上げる。
これ以上、彼の前で偽物の自分ではいたくないと。
全てを話したら、彼はどうするかな?
気味悪いと、敬遠されちゃうかな?
でも…いいの。
一度きりしか言わない。
だから、お願い。
私の話を聞いて。
私を見て。
そして、ほんの少しでも、あなたの心に私を刻んで。
「相模くん、あのね」
私は、語り始めた。
小さな頃からの、色のない孤独で淋しい日々を。
『夫』という存在を持つ人間であることを。
そうして。
その存在から受けてきた、身体と心の傷の全てを。
「…ほら、見て」
戸惑いは、ほんの一瞬のこと。
私は、驚き声も出ないでいる様子の彼に向かって、雨に濡れたTシャツを一気に捲り上げた。
「―――――…!!」
露わになった小さな胸と薄っぺらい腹。
夫に殴られた痕は、内出血もだいぶ治まって、今はうっすらと紫色の皮膚がわかる程度だったけれど、押しつけられた煙草の火で火傷した傷は、醜くひきつれて赤黒く残っている。
そこへ、凍り付いたような彼の視線が注がれていた。
普段の私なら、到底できない行動だ。
羞恥のあまり、逃げ出すかもしれない。
――でも。
不思議と今、私にそういった感情は欠片もなくて。
心を支配する、この気持ちはただひとつ。
『本当の私を――見て』
「夫は、興奮すると着ていた服を破ることもあって。それで、君が服を脱いだのを見て怯えてしまって…。ごめんね、あれは君の優しさだったのにね」
傷つけて、ごめん。
私は、精一杯の謝罪の気持ちを込めて頭を下げた。