続・せみしぐれ〜color〜（後編）-10
「うぁぁ…暑い！あ、そろそろ休憩の時間だ」
「まだ！さっきも休憩したばかりでしょ！！」
窓の外では、蝉時雨。
時折、吹き抜ける風が奏でる風鈴の音が心地いい。
雨上がりの、ある夏の日。
――相模くんと初めて話をしたあの日の夜、彼は私の部屋を訪れた。
その手に、英語の問題集を抱えて。
真っ直ぐに私を見る彼の目は、もう、何も映さないあの目ではなかった。
それ以来、私は、こうして彼に勉強を教えている。
自分を『落ちこぼれ』だと言う相模くんだったけれど、勉強のコツみたいなものを掴み取ったらしい後からは、まるで、乾いた地面に水が吸い込まれていくかのように、彼の学習能力は向上していった。
ただ、暑さで集中力が今ひとつなのか、よく休憩するし、雑談ばかりで終わってしまう時もあるけれど…私は、相模くんと２人で過ごすこの時間を、密かに、でも確かに楽しんでいた。
「おーい、お前ら〜」
おばちゃんが淹れてくれた、冷たい麦茶を飲み干した時だった。
「おじちゃん」
首から下げた手拭いで汗を拭き拭き、おじちゃんが部屋に入ってくる。
「玲二、ちっとは勉強しとんのか！？」
「なんだよ、おっちゃん。ちゃんとやってるよ。この先生、サボると怒るし」
「お、怒ってない！」
「そうか、千波も楽しくしとるか。…そういや、今晩、神社の祭りがあるんだけんど、お前ら行ってきたらいいよ」
満面の笑みを浮かべたおじちゃんから告げられたのは、この町一番の真夏の大イベントのお知らせだった。
「ほぉら、千波ちゃん。よく似合ってるよ」
鏡の中には、涼しげな青い浴衣姿の私。
相模くんとお祭りに行くことになった私に、おばちゃんは、自分の若い頃の浴衣を着せてくれた。
幼い頃から習い事で忙しくしてたから、お祭りなんて行ったことなかった。
もちろん、連れていってくれる人もいなかったし。
この歳にして初めての経験に、鏡の中の私の顔はゆるみっぱなしだ。
「おら、お前の支度も一丁上がりだ」
振り返ると、同じくおじちゃんに借りた浴衣姿の相模くんが、気まずそうな顔をしてそこに立っていた。
「あら、玲ちゃんもいい男になったねぇ」
「普段は違うのかよ？」
照れくさいのか、からかい気味のおばちゃんに悪態をつく相模くんは、子どもみたいに可愛く思える。
「行ってきまーす」
見送ってくれるおじちゃんとおばちゃんの視線を背中に、私たちは並んで歩き出した。
いつもとは違う格好のせいか、あまり弾まない会話と沈黙の道中。
やがて、お互いがその雰囲気に耐え難くなってきた頃に、ようやく、夜風に乗った祭り囃子の音が届き始めた。
そうして、たどり着いた神社。
林の中を抜ける長い石段を登ると――。