異界幻想 断章その2-6
中庭で、ケルスヘルフと腰巾着二人が待っていた。
「……一人で来いと言ったはずだが」
ジュリアスは、ふっと笑う。
「心配ないよ。彼は見届け人だ」
ティトーは城壁に背を預け、ケルスヘルフから視線を外した。
今日もケルスヘルフは醜い。
容姿は言わずもがな、侯爵令息なだけあって身なりは立派なのだが贅を尽くしすぎてかえって見苦しい。
ジュリアスのシンプルだがセンスのいい準礼装が近くに寄ると、ごてごてとけばけばしい礼装はそのいやらしさが余計に強調されてしまう。
膝が微かに笑っているのに気づくと、ティトーは腕を組みながら体を動かして己を叱咤した。
この場の誰より幼く華奢でたぶん弱いジュリアスが堂々としているのに、どうして自分はこんなに及び腰なのだ。
情けなくて、ティトーは下唇を噛み締める。
「で、今日はどんなたわごとを聞かせてくれるのさ?」
ケルスヘルフの顔色が、真っ赤になった。
「てっめえ……人の忠告を忘れたのか?」
「忠告?」
ジュリアスは、小さく鼻で笑った。
「あぁ……あのみっともないやっかみの事?あんまりくだらなくて耳が腐るから、すっかり忘れてたよ」
痛烈な厭味に、ケルスヘルフは歯ぎしりした。
「だいたいさぁ」
ジュリアスは、人差し指を左右に振った。
「あんたが殿下のお傍に呼ばれない理由は僕が優秀だからじゃない。殿下は単に、あんたが嫌いなんだよ。服装は派手なばかりでセンスのカケラもない悪目立ちするしか能のない低俗なもんだし、香水は付けすぎで臭いし。おまけにいかにも性格の悪さが滲み出てる造作のまずい顔な上に口まで臭いし。あんた、歯槽膿漏か何か?ダブルで臭いって救いようがないよ?」
ぽんぽん飛び出すジュリアスの言葉に、ティトーは唖然とした。
ここまで馬鹿にされて、ケルスヘルフがおとなしく終わるわけがない。
「ひ……人を馬鹿にすんのも大概にしろよ!?」
腰巾着二人にすばやく合図を送ると、二人は左右からジュリアスを捕らえた。
「てめえ……!」
震える声で唸りながら、ケルスヘルフはジュリアスの前に立ち塞がる。
ジュリアスは、この時を待っていた。
「……お互い、相容れないよね」
にっこりと、晴れやかにジュリアスは笑った。
「おごっ!!?」
愛らしい笑顔にケルスヘルフが思わず見とれた次の瞬間、地獄の一撃が彼を襲う。
両腕を捕らえられたジュリアスはそこを支点にし、両足で彼の股間を蹴り上げたのだ。
筋肉がついていようと脂肪がついていようと変わらない、男に共通した急所だ。
玉が潰れたって知った事じゃないと、ジュリアスは一発でケルスヘルフを沈めるためにここを狙った。
「ああっ!?」
「ケルスッ……!」
声もなく崩れ落ちるケルスヘルフの様子に動転した腰巾着二人は、ジュリアスを放り出して彼に駆け寄る。
一番面倒な相手が戦闘不能になれば、後は油断しないでいればいい。
ジュリアスは身軽な動作で地面に手をつくと、我を忘れて慌てている腰巾着の一人の後ろから両足で蹴り飛ばした。
宙を舞う相方を見て、もう一人は立ち止まる。
「賢いね」
立ち上がり、ジュリアスは言う。
「僕がガキだから油断してたみたいだけどさぁ……僕、自分があんた達に服従するほど弱いとは一言も言ってないよね?」
手をはたきながら言う様は堂々とした風格すら漂っているように見えて、ティトーは唖然とした。
はっきり言って、規格外の強さである。