異界幻想 断章その2-5
傷の治ったジュリアスが登城すると、憂い顔のユートバルトが出迎えた。
「久しぶり。この間は急に帰ってしまったから、ずいぶん心配したよ」
馬留めで馬車から降りながら、ジュリアスは謝罪する。
退城後にティトーが教えてくれた言い訳を口にすると、ユートバルトは僅かに肩をすくめた。
「……僕の目は節穴ではないよ。母上ほどじゃないが、情報の入手ルートは持っている」
どうやら、ケルスヘルフの振る舞いはとっくに承知しているらしい。
「……でしたら、なおのこと」
ジュリアスは、ユートバルトを見上げた。
「この程度の案件を自力で解決できない人間が、殿下のお傍にいていい理由はありません」
十になったばかりの少年が自力で解決しようとしている事に、ユートバルトは少なからず驚いたらしい。
まじまじと、穴でも開けそうな勢いでジュリアスの顔を見つめる。
「……そうだね」
ややあって、ユートバルトはくすりと笑う。
「君なら解決できるだろう。君は、僕の見込んだ男だ」
「はい」
事態を任されたのが嬉しくて、ジュリアスは微笑んだ。
「でも、自分だけで解決できないようなら遠慮なく僕を頼るんだよ?何と言っても友人という存在は、頼るためにいるんだから」
「殿下……」
ユートバルトが自分を友人と見なしている事に驚き、ジュリアスは目を見開く。
「国を支える事になる貴族の子弟はたくさんいるけれど」
ユートバルトは、優しくジュリアスの頭を撫でる。
「誰を信用するかは僕の自由だ。そして僕は、君を信用するに足る人間だと思うよ」
「……ありがとうございます」
ジュリアスはくすぐったそうにはにかむと、ユートバルトの手を握った。
ユートバルトは微笑み返すと、ジュリアスを連れて歩き出す。
その光景を、物影からケルスヘルフが面白くなさそうに眺めていた。
三人の蜜月は、それからしばらく続いた。
一緒に食事を摂り、勉強し、遊び、城外へ狩りにも出掛けた。
捕れた獲物はたいした事がなかったけれど、ティトーが意外と美食家で食事の味つけにえらくこだわったりユートバルトが釣り上げた大物の魚をあと一歩の所で逃がしてしまったり、ジュリアスが小動物に後ろから飛び掛かられて派手な悲鳴を上げて二人から笑われたりと城にこもっていたら知る事のない色々を学び、無邪気な時代の大切な思い出となった。
そうやって親交を深める三人を苦々しく見つめるケルスヘルフはとうとう痺れを切らし、ジュリアスを潰しにかかった。
伝言を預かった使用人がジュリアスを呼びに来た時、とうとうその時が来たかと少年は身を引き締めた。
「あっちは三人、こっちは一人。手助けが欲しいんだけどなぁ」
ジュリアスの目が、ティトーに纏わり付く。
「積極的に介入しろ、とは言わないからさ」
「……俺でいいのか?」
前回、自分は恐くて足がすくんで何もできなかった。
今回も恐怖のあまり逃げ出して、ジュリアスを見捨てるかも知れない。
「うん。逃げるなら、前に逃げてよ」
ジュリアスは、ティトーに向けて手を差し出した。
「あんたが逃げるんなら、ただ逃げるんじゃなくて殿下を呼んで欲しいんだ。三対一じゃ、さすがに無理そうだし」
頼られている事を知ったティトーは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……分かった」
あの時動けなかった分を埋め合わせるためにも、ジュリアスと共に行こう。
なけなしの勇気を振り絞って、ティトーは差し出された手を握る。
「それじゃあ殿下、行ってきます」
「……無理はしないようにね」
「はい」
去っていく二人を、ユートバルトはじっと見つめるのだった……。