ターミナルバス-7
「あ、父ちゃんおかえり。あのさ、今度の日曜」
始は駆け寄ってきた仁志を抱き抱え、頬擦りをした。
「痛いよ、いきなり何すんだよ。ざらざらしてるー」
「遊園地に行こう。約束だ」
「ホント?!やったー!絶対だよ!」
「え、でもお父さん、大丈夫なの?」
困惑している亜弓の頭をぽんぽんと叩く。
「遠慮なんかするな。何に乗りたいか、今から決めとけよ」
「・・・・・・うん!」
笑みが零れるのにつられて、始も口元が綻んでいた。
「良かった。元気そうで」
「まあな。色々あったけど、見付けたんだ」
「・・・・・・?」
首を傾げる妻にキスをし、始はネクタイを緩めた−
〜〜〜〜〜〜〜
「何かお話ですか?」
「いや、その、済まない。昨日は言い過ぎてしまってな」
「いいえ、俺のミスですから。今後気を付けます」
自分の机に戻る前にトイレに向かう。
洗面所の鏡を見ると、目の下のくまが無くなっていた。久々にぐっすり寝たので、自分の表情が爽やかに見える。
痩けた頬も戻っている様な気がした。
(忘れてた、のか。いや、目を背けてたのか。でも、もう迷ったりはしない)
この数ヶ月、幾度となく自身に問い掛けてきた。
いつしか鼠色にしか見えなくなった空は、ちゃんと本来の色に映る。
笑顔とはなんだ。
笑い方とは、どういうものか。
始は鏡の前で唇の端を吊り上げてみた。
目元は緩やかな曲線を描き、瞳の色がちゃんと確認出来る。
鏡の前に置かれた花は、すっかり元に戻っていた。
名前は分からないが綺麗な白い花が佇んでいて、静かに、でも確かにそこに咲いていた。
花の色を見た始の頭に何かの記憶が浮かんできたが、朧気で思い出せない。
「よし、いくぞ」
足音が大きく、そして強く響いた−
〜完〜