ターミナルバス-6
『久々、でしょ。そういう熱い涙』
「・・・き、君には関係無いだろう」
『へへ・・・なんか、嬉しくってさ』
一緒に見ていた女の子は鼻をすすりながら答える。
言われた通り、始は久しぶりに目頭が熱くなるのを感じた。
大袈裟かもしれないけれど、自分はちゃんと生きているのを確認出来た様な気がした。
また映像が切り替わり、今度は自分の家の中が映る。
¨お父さん!今度の日曜さ、遊園地連れてってよ!¨
¨・・・仁志、お姉ちゃんと一緒に遊ぼう。ほら、お父さんゆっくり寝てられるの、日曜だけだから¨
¨えー、やだ。こないだもそうだったじゃん、行きたい!遊びに行きたい!¨
¨ワガママ言わないの。お父さん、気にしないで。ゆっくり寝ててね¨
つい最近の記憶だった。
そういえば、仁志にいつもおねだりされてたな、と始は思う。
そしていつも亜弓が自分を気遣ってくれている。まだ小学4年生になったばかりの子供が・・・
(俺は何をしている?良く出来た娘だ、なんて思ってる場合じゃない)
本当は亜弓だって遊びに連れていって欲しかったのだ。
自分が疲れているのを理由に子供の気持ちにも気付かなかったなんて、父親失格じゃないか。
子供が生まれた時、絶対に寂しい思いはさせないと真由子に誓った筈だった。
今の、毎朝魂の抜けた様な顔をしている自分を見たら、妻は何と思うだろう−
共に添い遂げるのを選んだ事を、後悔するだろうか?
「すまない、降ろしてくれ。早く!」
『うん。見つかったね、生きる目的』
ぱちん、と女の子が指を鳴らすと、始のすぐ横の乗降口が音を立てて開いた。
外はさっき帰ってきたばかりの見慣れた駅の景色が広がっている。
いても立ってもいられず、飛び込む様にバスから降りた。
『・・・ひとつ約束して』
「え?」
『・・・また、このバスが見える様な人生を歩いちゃダメだよ』
眩しくなって目を閉じてしまい、ようやく開けられる様になったら、そこには何も無かった。
「あ、あれ?ここにバスがあった筈・・・」
目を擦り、何度かまばたきをしても、あの白いバスはもうそこに無かった−
帰りの足取りは行きとは別人の如く軽かった。
全身にまとわりついていた見えない重りが無くなり、家へと急ぐ両足を止められない。
エレベーターを待つのがもどかしく、階段を一気に駆け上がる。
「お帰り。どうしたの、そんな息切らして」
「真由子・・・」
「ちょ、ちょっと、なに・・・や、やだ!」
妻の姿を見た瞬間、反射的に抱き締めていた。
初めて出会った頃より少し厚みが増したかもしれないが、変わらない感触に懐かしさを覚える。