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ターミナルバス
【ファンタジー その他小説】

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ターミナルバス-5

「真由子・・・」

そこにいるのはまだあどけなさの残る、若き日の妻だった。

『へえ、この人がおじさんの奥さんなんだ。可愛いね』
「なんで真由子が映ってるんだ、しかもまだ若い。何故なのか教えてくれないか」
『ここはね、乗った人の大切な記憶を映し出すの。心の深い場所で意識してる部分だから、大抵の人間は普段気付かないけどね』

女の子は近くの座席に座り、頬杖をつきながら答えた。

(・・・大事な記憶・・・真由子が、俺の・・・)

始は、妻が最後に笑ったのを見たのはいつだろうと更に記憶を探る。
だが頭を過るのは錆びた色の景色だけで、全く思い出せなかった。
映像が切り替わり、場面が変わった。
さっきは会社の中だったが屋外らしき場所で、空がすっかり暗くなっている。

「こ、今度は一体なんだ」
『だからこっちに聞かれても分かんないって。おじさんの記憶なんだよ、覚えてないの?』
「さっきの書類に細かく情報が載ってただろ。どうして知らないんだ」
『だって記憶までは分かんないもん。あ、またさっきの人出てきたよ』

真由子がこちらを見つめている。
果たしていつなのか分からなかったが、場所や真由子の瞳が赤いのを見て、またも記憶が甦った。

(そうだ・・・・食事の後、この公園でプロポーズしたんだ)

始は、映像を見てすぐに記憶が戻ってきた事に驚いていた。
色褪せた日々を繰り返してきたせいで、過去を思い出すのが嫌になっていた筈なのに。

¨ごめん、言葉、出ない。なんかね、びっくりしたし、その、もう、嬉しくて・・・¨

そこでまた波紋が広がり、映像が混ざりあっていく。次は何が映し出されるのだろう、と始は息を飲む。
波が静まり場面が切り替わる。
また真由子との記憶か、と思っていると赤ん坊が映った。

「あ、亜弓?!」
『わあ、可愛い。動物の赤ちゃんはみんな可愛いけど、やっぱ人間が一番だよね』

記憶と共に様々な物が頭から飛び出してきた。
座り心地の悪い長椅子で待っていた時の早く終わらないかという焦り、妙に眩しく感じた廊下の灯り、からからに喉が渇いていたが水も飲めなかった程の不安・・・
そして、生まれたという知らせを聞いた時の、それら全てが吹き飛んだ時の喜び−

新しい生命を我が手にしっかりと抱えながら、妻と共に誕生を心から祝福した。
それは、仁志が誕生した時も同じだった。

「・・・・・・!」

映像が歪んでいるのかと思ったら、始は涙が溢れているのに気付いた。



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