ターミナルバス-4
『あった!井本始36歳、アパレル会社勤務。妻真由子32歳、長女亜弓10歳、長男仁志9歳。これで間違いはないですね?』
「ま、まあ、無いな。おい、その書類に書かれた情報は一体どうやて」
『最近、生きる目的を見失っていますね?』
「・・・・・な、何を言ってるんだ君は」
『このバスは生きる目的を持ってたり、毎日が楽しい人間には見えません。理由は知らない、そうらしいから』
急に気味が悪くなってきたので始はその場から立ち上がり、入ってきた場所まで駆け寄る。
『何してるの、おじさん』
「俺をここから出せ。こんな不気味な所にいられるか」
『理由は?』
「いたら頭がおかしくなりそうだからだ。狂ってしまうのは嫌だ!」
『・・・他には?』
「・・・ほ、他にはって・・・他の理由は・・・」
始は考えた。
ここから出たい理由は、今言った通り怖くなってきたからだ。
しかし、他にはと問われて動揺していた。
帰りたいからだろうか。でも、家には無反応な妻と喧嘩ばかりする2人の子供しかいない。
では会社か?それも違う、心が安らぐ場所ではない。
それでも何か言わなければ閉じ込められる気がして、始は必死に頭を捻らせる。
『大丈夫だよ、私達は死神じゃないから無闇に魂は奪わないってか、寧ろ逆』
「じゃあ、天使だとでもいうつもりか」
『その通り。おじさん、飲み込みが早いね』
白い服を着ているのはそういう訳か、と始は釈然としない表情で一応頷く。
金髪は天使の輪でも表わしてるのだろうか・・・
『別に帰ってもいいよ。でもさ、憂鬱なままじゃ嫌でしょ。だから座って』
「ここは何なんだ。外からはバスに見えたが・・・」
『バスだよ。ねえ』
女の子に同意を促された運転手は始に顔を向けて、こくりと顎を引いた。
「俺が聞きたいのはそれだけじゃない」
『まあ、口で言うより見た方が早いと思う。じゃあお願い』
エンジンがかかり、車体が揺れ始める。
得体の知れない空間が急に現実と繋がった様な気がした。
「う、動いてるのか、これ」
『うん。だってバスだから』
「目的地はどこなんだ」
すると、運転手がまた振り向いて真顔で始に告げる。
『知っているのはあなただけ、です』
『そう。この人はそこまでおじさんを運ぶのがお仕事。で、私は・・・何だろ、それ以外の事をやるの』
これで説明を終えたつもりなのか揃って黙ってしまう。
始が2人の目的を問い掛けようとした時、フロントガラスに映像が出てきた。
¨助かったー。ありがとう、井本君ってパソコン強いんだね¨
始に向かって話し掛けてくる女性が映っている。
突然の事態にどう返事するのか迷っていると、その女性は更に続ける。
¨私さ、パソコンぜんっぜんダメなの。携帯はいじれるんだけど、未だにメールとか良く分かんなくて¨
始は、見ているうちにその女性に見覚えがある事に気付く。
思い出そうと頭の中に散らばった記憶を手繰り寄せていくうちに、朧気だったそれは輪郭を取り戻し鮮明に甦っていく。