ターミナルバス-3
『・・・見えてんの?おじさん』
気だるそうに腰まで伸ばした金色の髪を掻きながら、始に尋ねてくる女の子。
外に出てくるかと始は思ったが、彼女がバスの中から出ようとする様子は無い。
「な、何がだい?」
『ああ、いいや。ここに来たって事は見えてるって事だから。ま、いいから入んなよ』
お世辞にも感じのいい言葉では無く、何より言いたい事が全く分からなかった。
だが始は、バスの中が気がかりで特に気にしなかった。
「なんだ、ここは・・・」
入った瞬間、視界に白が広がった。
そしてさっき迄聞こえていた通行人の声や行き交う車の、街の呼吸が全く聞こえなくなっていた。
明るさこそ全然違うが、上映前で殆ど人がいない、がら空きの映画館に入った様な気分だった。
「・・・外が見えない」
何か変だと思ったら窓が無かった。
『ああ、ここはね、そういう場所なの』
「どういう意味だい」
『んーとね・・・なんだっけ?ほら、あれ』
女の子が尋ねたのを見て、バスの中にもう1人いた事に気付く。
周りと同じく真っ白い座席に座り、白い帽子にシャツを着て溶け込んでいたので、気付かなかったのだ。
ハンドルを握っているので恐らく運転手だろう、と始は目を凝らしながら思った。
『境界線、だよ』
『うんうん、そうそれ。分かった?おじさん』
まるで自分が答えたかの如く手を叩き、得意気に話す女の子。
『ほら、取り敢えず座って。ここに来たかったんでしょ』
「・・・・・・?」
憂鬱な日々が続いたせいで、夢でも見ているのだろうか。
逃げ出したいなんて考えた事は一度や二度では無い。でも、こんな場所は想像の範囲を飛び出している。
起きたら鳥になっていて、海の向こうに飛んでいきたいなどとあり得ない妄想を繰り返す日々が、なぜか遠く感じた。
『ちょっと待って。書類探してくるから』
女の子は駆け足で運転手を横切り、置いてあった白い箱をごそごそと掻き混ぜ始める。
『あら?どこだっけ。えっと、井本、井本。井本始はどこ・・・もー、順番メチャクチャじゃん』
始は、彼女が自分のフルネームを呟いている事に首を傾げた。
『あった!えっと・・・違う、高校生じゃない。こっち・・・これも違う、子供の名前が亜弓と仁志だって。あー、もうっ』
「なあ、書類ってなんだ。何故俺の名前だけでなく、家族構成まで知ってる」
女の子も運転手も、始の質問には答えなかった。