ターミナルバス-2
(可笑しいのか、そうか。そうだな。他人の不注意ってのは笑えるよな)
気分が悪くなってきたのでトイレに向かう。
洗面所の鏡を見ると、そこには目の下が黒ずみ、痣みたいになったくまが出来ていた。
寝不足で奥二重になり、唇も色が悪く艶が無い。
頬の髭を剃り残したかと思ったが、以前より痩けたせいで出来た影だった。
驚いたが、老け込んでいる事よりそれをあまり驚けない自分の方が怖かった。
(疲れてるのか。俺は・・・誰のために、一体何のために頑張ってるんだろう)
この数ヶ月、幾度となく自身に問い掛けてきた。
だが答えは出せず日に日にやつれていくばかりで、いつしか空は鼠色にしか見えなくなってしまった。
妻も子供達も、自分の帰りを待ってはいない。
じゃあ俺は何のために会社に行ってるんだ。怒鳴られてばかりで、頭を下げるだけなのか。
それならいっそ機械になるか、心が完全に無くなってしまえば楽だった。
鼠色。
空も、まわりの景色も全て鼠色にしか感じない。
そんな色褪せた日常がこれからも続くのかと思うと、気が狂ってしまいそうだった。
笑顔とはなんだ。
笑い方とは、どういうものか。
始は鏡の前で唇の端を吊り上げてみた。
ちゃんと笑っている様に見えるが、目がくすんでおり底の見えない落とし穴の様な闇が広がっている。
無理して笑おうとしても虚しくなってしまい、すぐに止めてしまう。
鏡の前に置かれた花は干からびており、うなだれていた。
美しくいようとするのを諦めたのか、すっかり枯れてしまい触れずとも花びらがちぎれてしまいそうだった。
こいつは干からびるどころかもうすぐお終いか、と思うと始は少し気分が楽になった。
自分はまだ生きている。むざむざ道端に捨てるつもりは、まだ無いのだから−
しかし、このままでは僅かに残った生きる気力もある日突然落としてしまいそうだった。
もしそうなったとしても、今の自分はそれすら気付かないかもしれない。
生きる目的を見失っている今の始には・・・
見飽きた筈の景色の中に¨それ¨を見付けた。
「なんだ、あれは?」
重い足取りでエスカレーターを降りると、前方に見覚えの無いバスが停まっていた。
見慣れた色ではなく白く塗り潰されたそれは、周りの風景から浮いて見えた。
普段は特に気にせず帰路に着いていただろうが、その純白の車体が始には眩しく見えて、気が付けば光に吸い寄せられる虫の如く近付いていた。
中を伺おうとすると、ドアが音も無く開いて、女性が姿を見せた。
学校の制服を着ていたが、バスと同じで全身が真っ白だった。
ブレザー、リボン、そしてスカートからソックスと靴に至るまで、白で体を包んでいる。