異界幻想ゼヴ・ヴィストラウレ-4
「迂闊に触るなよ!」
こんな物、皮膚下に潜り込まれたら厄介な事になるに決まっている。
「それはこちらで回収させていただきましょう」
研究所チームの一人がのたうつそれを火箸で掴み取り、栓のついた陶器の壺に押し込んだ。
「助かります。応急処置、急ぐぞ!」
医療班は深花に応急処置をすると担架を担ぎ、練兵場を離れていった。
「なんて事……!」
ファスティーヌの呟きは、その場に残った全員の心境である。
どの歴史書にも詳しく残されていなかった、けれど誰もが知っているバランフォルシュの苦痛。
確かに、こんな物に耐え切れるはずがない。
「あの子……助かりますわよね?」
誰にともなく呟いた、ファスティーヌの声。
答えたのは、ティトーだった。
「助けるさ」
神機召喚を解除した三人は、とりあえずガルヴァイラとザッフェレルの元までやって来る。
「懸念は治りの遅さだけだ……神機につけられた傷は、治るのがえらく遅いからな」
ジュリアスはそれだけ言うと、色が変わるほどにきつく唇を噛み締める。
「お前はあっち行っとけ」
「……そうさせてもらう」
ティトーの勧めに、ジュリアスは踵を返す。
ザッフェレルは思わず、ジュリアスの肩に手をかけた。
振り向いたジュリアスの表情に驚いて、ザッフェレルは言葉を失う。
『ジュリアス少尉は曹長に対しある個人的感情を抱いておりますので、その分怒りは増大したのでしょう』
以前ティトーが言った台詞が、脳内で蘇る。
「ジュリアス。主は……」
「行ってくる」
ザッフェレルの手を振り払い、ジュリアスは深花を追いかけていった。
名前が、呼ばれる。
何度も、何度も。
強く、弱く。
高く、低く。
それがバランフォルシュの声だと気づくのに、深花はしばらくかかった。
「バランフォルシュ様……」
慈愛に満ちた呼び声に、泣きたくなるような気持ちが胸一杯に溢れる。
「どうして……」
精霊は通常、人間にこのような形で干渉しない。
「ごめんなさい」
はっきりした声とともに、体が何かに包まれた。
背中に腕が回った事から察するに、どうやら自分はバランフォルシュに抱き締められているらしい。
優しい匂いが、鼻腔をくすぐる。
自身が関わるこの大地に息づく生命全てに安らぎをもたらす、バランフォルシュの匂いだ。
深花はまぶたを開けようとして……思い出した。
神機バランフォルシュの内部にあった寄生虫のような触手は、自分の眼窩から目玉を二つともくり抜いていた事を。
「お姿を見る事は叶いませんね」
目をなくした事実より、バランフォルシュを直接見れない事の方が悔しい。
「むしろあれでよく生き延びたというか……」
自分の身に起こった惨状を思い出し、深花はくすりと笑った。
ジュリアスのためなら平気と啖呵を切ったものの、いくら何でもこんなのは想定していない。
「もしかして私、バランフォルシュ様の元に召されたんですか?それでわざわざお迎えに来てくださったとか」
それならば、不思議と後悔は感じない。