ラプソディー・イン・×××-1
「高木は隙がありすぎる。」
高木実花(タカギミカ)は助手席のドアを閉めると同時に、運転席から不機嫌そうな声で叱責されて面食らった。
「へ?」
「あのままだったらアイツにお持ち帰りされてたぞ。」
「お持ち帰り?」
うーん、酔っ払ったまではいかないけれど適度にアルコールが入ってるせいか、彼が何に対してこんなに腹を立ててるのか話が見えない。
「冨田に誘われてただろ?」
呆れたような声もいいなぁ、なんて思いながら、まっすぐ前を見つめたままハンドルを握る端正な横顔をこっそり見つめる。
「誘われてた?いつですか?」
職場の飲み会。確かに向かいには後輩の冨田くんが座ってた。
「ラブホの話で盛り上がってただろ?冨田、冗談っぽい口調だったけど目はマジだったぞ。」
「まさか。冨田くん、年下の可愛い彼女いるじゃないですか。っていうか課長、よく聞いてましたね。」
出先から遅れて参加した安積創介(アヅミソウスケ)はかなり離れた場所に座っていたはずだ。そうでなければ隣をキープしようと思っていたのに。安積課長は近所に住んでいるよしみで、車の時はこうして送ってくれる。そういえば課長は職場の飲み会の時はほぼ車で来てノンアルコールだ。実はかなりの酒豪なのに。
「アイツ別れたらしいぞ。」
私の問いには答えず、これまた意外な情報通っぷりを披露してくれた。
「そうだったんですか。もったいない。」
偶然会った冨田くんの彼女はそれは可愛らしい、でもしっかりしたお嬢さんといった雰囲気の女の子だったのだ。
「あれ?どこ行くんですか?」
課長は何も言わずにいつも左折する交差点を右折した。
「着けばわかる。」
ムスッとした声で答えると黙ってしまった。いやいや、そうですけれども。それにしても何でこんなに不機嫌かな?普段は温厚で仕事で誰かがミスしても、上層部や顧客から理不尽な要求されてもこんなに不機嫌な課長は見たことがない。仕方がないので私も黙る。車の適度な振動と沈黙はアルコールの入った身体にはキツい。このところ残業続きで睡眠不足だから余計に堪える。
「眠っててもいいぞ。」
気づかれないように欠伸を噛み殺したつもりが、普段通りの優しい声で頭を撫でてくれた。行き先に不安がないわけじゃないし、不機嫌な理由が気にならない訳じゃないけれど、頭に置かれた大きな手に安心して目を閉じた。