凪いだ海に落とした魔法は 3話-62
「まさか」
即座に否定したけれど、こういった実のない会話の蓄積が“楽しい”という感覚を構築していくのだろうな、ということは分かっていたので、強い調子の否定にはならなかった。
「嘘だあ。私は楽しいのに」
白川が拗ねたように言う。当然、自己演出の一環であり、本当に拗ねているわけではないのだろう。
「お前が楽しいなら僕も楽しいなんて理屈が通るか」
「友達ってそういうものじゃない」
「友達ときたか」
人を脅して交遊関係を迫ったのはどの口だ。まあ、親にクラスメートを紹介する時にも便宜的に「友達」として紹介するケースはあるし、携帯電話のメモリーに登録されているだけで友達だという価値観もあるのだろう。現代社会での友達なんて、所詮その程度の意味合いなのかもしれない。
「“薄い”という形容詞を忘れている。薄い友達。軽い友達でもいい。いっそ“どうでもいい友達”なんてどうだろう。実に関係性が分かり易い」
「“どうでもいい友達”って、矛盾表現じゃない。黒いシロクマとか、大量生産された希少品みたいな言い方」
大量生産された希少品。彼女にしては言い得て妙じゃないか。
「なるほど。僕の言いたいことを的確に表してる」
「うわ。志野くんてサラッと酷いこと言うよね。涼しい顔してさ。前から思ってたけど」
人を日下部みたいに言う。
「そうかな」
「そうよ。まあ、それはいいんだけどさあ――」
いいのか?
「今度の休日にさ、やってみたいことがあるんだけど」
白川はそう言って、僕と日下部の顔に目を行き来させる。
「やってみたいこと?」
「そう。四人みんなで」
「R指定的なこと?」
「健全なこと」
「まあ、楽しそうなことであれば前向きに検討するけど」
日下部を見ると、彼女は「シノに任せるよ」とでも言うように肩を竦めて見せる。余り興味はなさそうな反応。
「まあ、みんな初体験ではあるはずよ。穴を開けるのは」と白川は笑った。
穴を開ける?
「やっぱり不健全なことか」
「さあ、どうでしょう」
男女四人で行われる、穴を開ける健全な行為?
僕と日下部は顔を見合わせ、互いの頭上に疑問符が浮かんでいることを確認してから、また白川の顔に目を向ける。
白川は何も答えてくれない。「もうヒントは出せないわ」というようにそっぽを向いてしまう。僕は困惑した。額から変な汗が出てくる。もしかして、“どうでもいい友達”扱いしたことに気分を害したのだろうか。
「ちゃんと教えてくれ白川。“友達”だろ」と僕は言った。
「カップ麺を共に食べた仲」日下部も援護する。
暫しの台本めいた沈黙のあと、白川は仏頂面を笑顔に変えて、「あのね」と囁くように僕らに顔を近付けるのだった。