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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-6

とにかく、と僕は考えた。とにかくもう無理だと。石を拾って投げたところで敵の牙城は崩せない。弁明も抵抗も、堅牢な門扉の前で虚しい音を立てて弾かれるだけなのだ。
ならばどうする。答えはひとつしかない。

「すいませんでした。金は返します。慰謝料としていくらか色を付けさせてください」
白旗を上げた。言葉よりも雄弁な日下部の視線や声色に、僕の精神が悲鳴を上げている。この冷血女め。
「あらら」
日下部は拍子抜けしたように肩を竦めた。
「急に素直になった」
「否はこっちにある」
「騙されるほうが悪いんだよ、とか言わないんだ? そこまで開き直ってくれたら、いっそ清々しいのだけれど」
「それを言うならやっぱり僕だって悪い。僕も騙された内の一人だからね」
「沢崎とやらの一人勝ち?」
「まあ、そうなるのかな」

声だけが宙にふわふわと漂うような静けさが降りてきた。聞こえるのは時計の秒針が進む音と、誰かの忘れ物みたいに所在なさげに大気を彷徨う、微かなセミの鳴き声だけだった。それは密かに時を刻んでいる時限爆弾のような静けさを僕に連想させた。
やがて「はあっ」と日下部が溜め息をついた。声にならない吐息の塊でさえもがソリッドだった。
日下部は豊満な胸の前で腕を組み、眉の間を曇らせる。

「――ねえ」と彼女は言った。
「何か?」
「どうしてこんなことを?」
その声に非難の色はなく、ただ純粋に思い付いた疑問だけを口にしているようだった。
「どうして? そりゃあ、小遣い稼ぎで」
「そんなの馬鹿げてるよ」
分かっている。そんなことは、言われなくても分かっているんだ。それは何度も自分の中で考えたことで、もう結論は出ている。
「知ってる」
「今更だけど。お金が欲しくてさ、こんなリスキーなことして、割りに合わないと思わなかった? あなたはこういうことはしないと思ってた。別に善悪の問題じゃなくて――」
日下部は束の間言い淀み、やがてはっきりと口にした。
「もっと堅実、というか、こんな度胸の要る真似はできないと思ってた」
「うわ。今まで腰抜けだと思ってました発言」
「悪く言えばね」

つまらなそうに言葉を吐き捨てる彼女。立ったまま腰を椅子の背に預けるようにして、目を伏せている。どうでもいいが、胸の下で腕を組むのは、見せつけているのだろうか。形の良いバストが強調されて、意識しなければつい目が行ってしまう。ただでさえ薄手のブラウスなのだから、いい感じに形が浮き上がるのだ。

「最低」
「え?」
心臓が止まりそうになる。
「気分が」
「ああ、気分がね。気分。どうして?」
「なぜだと思う?」
「――さあ」
「騙されたからに決まってるじゃない。それ以外に何が?」
原因である双丘に目が行きそうになり、僕はかぶりを振ってごまかした。
「さあ、何だろう」
「さあ、何だろうね」

遊ばれているのだろうか。明らかに僕の視線に気付いていて、僕を翻弄しているように思えるが、彼女は至っていつも通り。つまり、気怠げで退屈そうな肉食獣の面持ちだった。からかっているのか、それとも他意はないのか――。


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