凪いだ海に落とした魔法は 3話-57
「次、シノじゃない」
「そうだね」
僕はタオルでボールを乾拭きしてから、ゆっくりと前に進む。三角印を見つめて、一歩前進してスローイング。重々しい音を生みながらボールが転がり始める。ピンの並びの真ん中を貫いたけれど、両端に二本残ってしまった。
「あれじゃスペアは無理そうだね」白川が言った。
「奥の手を使おうか」
「奥の手?」
戻ってきたボールを手に取り、ピンを見定め、白川の顔をそこに重ね合わせる。投げたボールは右側のピンを倒した。弾かれたピンが左側のピンを掠めたけれど、ぐらついただけで倒すまでには至らなかった。揺れるピンは肩を震わせて笑う少女みたいだった。
「残念だったね、志野くん。ドンマイドンマイ」
白川がくすくすと笑っていた。憎らしさはなかったが、小悪魔退治に失敗した悔しさは掻き立てられる。
「次は俺だな。さあ、いいところを見せようか」
煙草を吸い終わった沢崎が戻ってきた。
「いいところって、私に?」
「バカ。あっちだよ」
沢崎の視線を辿ると、四つ隣のレーンにいる女子大生らしきグループが手を振っていた。もちろんその向き先は沢崎だ。彼のルックスは無条件に女性の眼差しを引き寄せる。
「なあ、このゲームが終わったら俺あっち行っていいか」
「アホか」と僕は笑う。
「やっぱ年上だよな」
「まあ、年下よりはね」
「えー、同い年は?」
白川が、何か秘め事を囁くように顔を近づけて訊いてくる。自分の魅力を誇示するような所作。
「さあな」沢崎は鼻で笑ってレーンに向かう。華麗な一投から投げ出されたボールは猛スピードでレーンを駆け抜け、当然のようにストライクをもぎ取った。
四つ隣のレーンから拍手がして、沢崎は手を上げてそれに応える。
「バーカ」
白川がその様子を一瞥して小さく呟いた。
何だろう。一瞬だけ、本当に切なそうな顔をしたように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
ボウリングのスコアには誰も関心がなかった。プリントアウトされた成績表には見向きもせず、僕たちは売店で買ったスナック菓子を食べながらのんびりしていた。
「ねえ、ところで沙耶はさあ」
話が途切れたところで、白川が話題を変えた。「ところで」という言葉のわりには、目の色は好奇心にキラキラとしている。嫌な予感が胸に沸いた。
「何?」日下部は警戒するような面持ち。
「この二人のどっちかと付き合ったりしてるの?」
出た。と僕は思った。大体、こういった類いの女子はこういった類いの話を避けては会話ができないように作られているのだ。誰がそんな余計な機能を付けたのかは分からない。きっと反吐か出るほど悪趣味な奴に違いない。