凪いだ海に落とした魔法は 3話-43
「腹減ったなあ」
気付けば、時刻は正午をとっくに過ぎていた。沢崎の呟きに、空っぽの胃袋がキュッと締まるように同意する。
「そうだね。何処かで食べようか」
「ここの店じゃ高くつくだろ。近くのスーパーでカップ麺でも買って食おうぜ。休憩スペースでお湯入れてさ。腹さえ膨れりゃなんでもいいだろ」
何だろう。沢崎の提案に、日下部の眉がぴくりと反応した。不快感を表現しているのかもしれない。そりゃあまあ、流石にカップ麺はないだろう。これ以上彼女に機嫌を損ねられては困る。僕は声を潜めて沢崎に言う。
「一応、女子もいるんだぞ。もう少し気を使ってくれないか」
「知るかよ。こういう場所の飯はあまり好きじゃないんだ。大体だな、千円超えするランチなんざ高校生の食い物じゃねえぞ」
僕の小声などお構い無しの声量で沢崎が言った。日下部の機嫌を窺う気などさらさらないらしい。
「それもそうだけど――」
「私はいいよ」
「うん?」
「スーパーのカップ麺でも」
日下部はそう言って、じっと僕の目を見る。珍しく温和な声で、柔和な目だった。彼女の顔を見慣れた今でなければ、気付かない程度の差異。何故か機嫌を持ち直してくれたらしい。
「いいのか」
「ええ。だって、そんなことしたことないから。普通はある?」
「まあ、男子ならよくやることだけれど」
「そう。それって楽しい?」
一抹の期待感を込めた声。頷きで応えたいところだが、あえて楽しもうと思ってやるようなことではないことは確かだ。過度な期待をさせるわけにもいかず、僕が曖昧な態度で口を濁らせていると、沢崎が代わりに答えた。
「ああ楽しいよ。すごく楽しいよ。最高に楽しいよ。イッちゃうくらい楽しいよ」
まるで心の入っていない口調で品のないことを言う沢崎。口早で抑揚のないその喋り方には「どうでもいいから早く決めてくれよ」という副音声が隠されていた。本当に日下部の心境には興味がないらしい。
「だってさ」と日下部が言った。
まあ、いいか。彼女がそうしたいと言うのなら、拒否する理由はない。僕だって安く済むのならそれに越したことはないのだ。
「じゃあそうしようか」
僕は苦笑しながら頷いた。
「志野くん?」
ショッピングモールの出口に来たところで、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、あまり歓迎したくない顔がそこにあった。
「あ、やっぱり志野くんだ」
「――ああ、白川さん」
僕は、苦い顔を浮かべそうになるのを何とか押し殺した。
白川慧。僕たちからテストの問題を買った“お客様”の一人。とは言っても、菊地の話によれば僕もそのお客様の一人ということになっているらしいが。
白川慧の後ろには三人の友人がお供のように控えていた。何処かで見たことがある顔だな、と思って記憶のデータベースにアクセス。やがて同じクラスの女子生徒の顔であると判明した。時間がかかったのは、学校ではしていない化粧のせいだろう。