アイカタ―――前編-8
俺とシーナが初めて漫才をやったのは、小学5年の時。
学年合同でやることになったお楽しみ会でクラス代表に選ばれた俺たちは、そんなに深く考えずに「いっちょやってみっか?」という軽いノリで漫才をやることに決めた。
「ジャッカス」というコンビ名をつけたのはシーナで、
「なんとなく響きがギャングみたいでカッコええやろ?」
と言われて、その時は深く考えずにOKしたが、数年後にふと気になって聞いたら、それが実は「まぬけ野郎」という意味やと教えられた。
「なんでそんなどん臭そうな名前やねん」
とツッコむと、
「お前にぴったりやん―――今頃になって意味を聞くあたりが」
と笑われた。
何はともあれ、それが漫才コンビ「ジャッカス」誕生のきっかけやった。
お楽しみ会本番まではわずか二週間。
シーナがボケで、俺がツッコミ。
それは二人のキャラからすぐ決まった。
しかし――今思えば当然のことやけど――当日の雰囲気も流れも全く読めない中、あらかじめ準備した会話で他人を笑わさなあかんというのは思いのほか難しく、俺たちはネタ作りの段階からすぐに壁にぶちあたった。
しかし、これでコケたらクラスのみんなにひんしゅくを買うのはもちろん、学年全員の前で大恥をかくことになる。
それだけはどうしても回避したかった。
俺たちはとにかく必死で案を出しあってがむしゃらに練習した。
それまでただへらへら笑って見ていたお笑い番組も、漫才が始まった途端真剣に見るようになった。
どうやったら確実に笑いがとれる?
どうすれば絶対にシラけない?
毎日そんなことばかり考えていた。
そしてお楽しみ会当日、俺たちはありえへんぐらいガチガチに緊張したまま、初舞台に立った。
ランチルームの黒板の前に置かれた一本のマイク。
二人でその前に並んだ時、情けないことに俺の足はガクガクと震えていた。
「えー、どーもこんちはー」
口火を切ったシーナの声が、完全に裏返った。
俺と違って、いつも冷静なシーナのことだから結構落ち着いていると思い込んでいたのだが、この時ばかりはかなり激しく緊張していたらしい。
「――てかお前、緊張しすぎやろ!」
俺はほとんど無意識のうちに、シーナにいつものようなツッコミを入れていた。
その瞬間、客席のほうからドッと笑いが起こる。
「そういうお前の足も、さっき生まれたての子馬みたいにガクガクになっとったやんけ!」
シーナがすかさず大袈裟なジェスチャー付きでボケを被せてまた笑いが起きた。
「そこまでヨボヨボちゃう!しかも何その白眼!」
ポンポンと会話が続いて、会場は一気に爆笑に包まれた。
『………ウケた………』
ホッとした表情のシーナと視線が合う。
―――ウケた!ウケたで!
背中がゾクゾクするような優越感が湧きあがり、身体中の血が沸騰するくらい興奮してるんが自分でもわかった。
この瞬間――――俺とシーナは笑いの魅力に憑りつかれてもうたんや。
それ以来俺たちは、学校行事はもちろん、地域のイベントや祭りなど、事あるごとにコンビを組んでネタを作った。
言葉と言葉の組み合わせで、化学反応のように人が笑う。
やるたびに答えが違う、摩訶不思議なパズルのような「漫才」が、ただただ純粋に楽しくて仕方がなかった。
あの頃の俺たちの合言葉は、「大人になってもずっと一緒に漫才やろな―――」やった。
それぞれのリアルな家庭の事情なんか全然関係なかったあの頃の俺たちが、心底羨ましい。
正直、俺の気持ちはあの頃と何一つ変わってへんのやから。
―――――――――――――――