アイカタ―――前編-6
その日司会をやってた無神経な若手芸人が、シーナにマイクを向けてこう言うたんや。
『君ら準優勝やったけど―――将来はやっぱお笑い目指してんの?』
そしたらシーナは、しれっとした顔でこう言いやがった。
『いやまぁ所詮は準優勝ですし、僕は医者んなりますよ。―――コイツは見ての通りアホなんで知りませんけど』
その日俺達がやった漫才は、シーナの家が医者で金持ちってことをネタにした内容やったから、その相乗効果で会場にはドッと笑いが起きた。
せやけど………俺は全く笑えへんかった。
なんか上手い返しが出来たら俺も笑いが取れたんやろうけど、そん時の俺は頭にカーッと血が上ってしもて、一言も喋れへんようになってもうたんや。
『―――いやいや、アホちゃうやんなあ?結構頑張ってるやんなあ?』
俺がシーナにツッコまへんから、司会の芸人が慌ててフォローに回って、なんとか緩いながらも笑いが起きた。
俺はひきつった笑いを浮かべたまま、怒りをこらえるので精一杯やった。
たくさんの拍手を浴びながら舞台の袖に引き上げた時、シーナが呆れたようにため息をついた。
「相変わらず、いまいちアドリブきかへんよなあ。ケンタは」
最後に爆笑をとれへんかった俺に、シーナが歯痒さを感じているのがわかる。
アドリブに弱いのは前から何回か言われてきたことで、多少気にはしてたんやけど……。
その時は「やっぱりお前とはやっていかれへん」という決別宣言を叩きつけられたような気がして胸が苦しくなった。
嫌な空気が漂い、準優勝の喜びも、ずっと胸にしまい続けていた告白も、一瞬にしてどっかへ吹っ飛んだ。
「おん―――。ど、どうせ俺はアホやからな」
精一杯強がったら、ますますみじめになった。
シーナが急に受験勉強に没頭し出したのは、それからやった。
もう俺らが漫才をやることはないんやろうか……。
ずっとそれが気になっていながら、俺はそのことを確かめられずにいたんや。
「せやけど……これってもう予選はじまってるんちゃうん……?」
俺もこのコンクールのことは頭になかったわけやない。
たしか年末が申し込みの締め切りで、今は予選の真っ最中やったような記憶がある。
「ちゃうやん!俺ら去年入賞してるし、シード権あんねん!せやし本選の申し込みに間に合えばええねんで!
シード権………そういえば去年表彰式の時にそんなことを言われたような気もするけど、例のショックですっかり忘れてた。
「……本選……の申し込み?………それっていつ………」
「今日や!今日までや!!せやから!今すぐ申し込み行くで!」
「……え?い、今から?」
「せや!急げ!走れ!流星号!」
シーナは勝手に俺のチャリの後ろにまたがると、両足で地面を蹴って俺のケツをバシッとしばいた。
「うわわ……あぶないって!アホっ!!」
フラフラとよたつくハンドルを必死で握りながら、俺はもう笑顔になっていた。
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