アイカタ―――前編-5
これといって行くあてもなく、近所をぐるぐる走り回ってから家に戻ると、玄関の前にシーナがぬっと立っていた。
「あ、あれっ―――?」
なんとなく不意をつかれたような格好になって、俺は自分でかけた自転車の急ブレーキでコケそうになった。
「シーナ……お前………入試は?」
一瞬、シーナがやっぱし受験をやめたんちゃうかと期待してしまう。
「――おん。たった今終わったとこや。その足で来てん」
シーナは受験のプレッシャーから開放されたせいか、久々に生き生きとしたいい表情をしていた。
俺は大学受験とは無縁の人間やし、どれくらいしんどかったんかはうまく想像出来へんけど、心底明るい顔のシーナを見て、純粋によかったなと思った。
「その足で……って、お前どんだけ俺に会いたいねん」
本当は、自分のほうがずっと会って話したいと思っていたくせに、素直じゃない言葉が口をついて出た。
「アホか!会いたいにきまっとるやろ!どんだけ俺が我慢しとったと思とんねん!」
ギョッとするほどの大声で叫ぶシーナ。
「……バ、おま……なんやねん」
俺は思わずキョロキョロと辺りを見回した。
コレ知らん奴が聞いたら完全にホモと疑われるで。
何故か異様に照れ臭くなり、顔が赤らむのが自分でもわかった。
実際いつも冷静なシーナがこんなにハイテンションなんはすごく珍しくて、面食らってしまう。
「と、取り敢えず入れや」
しかしシーナはそんな俺の言葉も完全無視して、いきなり正面から俺の両肩をつかんでぶんぶん揺さぶってきた。
「な!出るやろ?!」
「………は?」
意味が全くわからずに、俺の頭の上にはクエスチョンマークがいっぱい浮かぶ。
「アホ!これや!」
鈍い俺に舌打ちしながら、シーナはポケットから一枚のチラシを取り出した。
もうずっと持ち歩いているらしく、折った角が擦りきれて、部分的に字が掠れている。
広げてみると、それは「高校生漫才コンクール」の申込用紙やった。
出場コンビ名のところには、すでにシーナの字で「ジャッカス」と記入してある。
「……シーナ……」
俺は驚いて、思わずシーナの顔を見た。
シーナは、もう俺と漫才をやるつもりはないんかもしれん―――ずっとそう思っていたから。
「去年のリベンジや。優勝、したいやろ?!」
高校生漫才コンクールは、毎年S市で行われている、関西の高校生コンビのナンバーワンを決める大会や。
高一の時に力試しのつもりで初めて出場したのだが、俺ら「ジャッカス」は思いもよらずベスト4まで進出した。
でも結局はそこで敗退。優勝を目の前にしながら負けたことが悔しくて、俺らは次の1年間必死で練習した。
この4位敗退があったお陰で、俺らは本当の意味で漫才に本気になったと言えるかもしれん。
そして去年、俺達はやっとのことで準優勝を勝ち取った。
――――その時俺は、ほんまはシーナに言うつもりやったんや。
「―――卒業しても、俺と漫才やらへんか」って。
せやのに、その日の授賞式で俺の希望は打ち砕かれた。