アイカタ―――前編-3
俺と遊ぶ時間が前よりうんと少なくなって、夜遅くまで塾に通いつめる日が続いた。
俺らは高校は別々やったから、学校帰りにマクドで待ち合わせする時もたまにあったけど、なんやいつもソワソワと忙しそうで、最近は会話らしい会話もあんまり出来てへん。
シーナがこの日のためにどんだけ必死こいて勉強してたか、俺が一番よう知ってるつもりや。
全国模試の成績も、ここ数回は続けてA判定をもらっているとシーナ本人が言っていた。
「―――受かるって。絶対」
真弓がもう一度念を押すみたいに言うから、俺はついにブチッと切れてしまった。
「―――俺、もう帰るわ」
これ以上喋ってたら、真弓を怒鳴り付けてしまいそうや。
「――は?なんなん急に?」
いきなり不機嫌そうに立ち上がった俺を、真弓は訳もわからずきょとんと見上げている。
「―――また、電話すっし」
顔がこわばっているのが自分でもわかった。
ボロボロのスポーツバッグを引っ付かんで、俺は真弓の匂いの充満するあったかい部屋を飛び出した。
『シーナが受験に失敗すればええ――』
俺がほんまはそんなことを考えてるって知ったら、真弓はなんて言うやろ?
『――アンタ、シーナのこと妬んでるんちゃう?』
眉を吊り上げて俺を睨みつける真弓の顔が目に浮かぶような気がした。
玄関を出て、すぐ横にある鉄工所の前を通りかかると、グレーの作業服を着た真弓の母ちゃんが事務所から慌てて飛び出してきた。
慌てすぎて、左手には電卓を握ったまま、右手はボタンを押す形のまま止まっている。
「―――ちょっとちょっと!帰ったらアカン!今日は晩御飯食べて行き。社長も焼き肉する言うてるし」
社長というのは旦那――つまり真弓の親父さんのことや。
真弓のうちは、小さいながらも従業員を十数名かかえる鉄工所で、真弓はそこの一人娘や。
俺は職人さんたちからも親戚みたいに可愛がってもらっているから、こんなふうに一緒にご飯を食べさせてもらうことも珍しくない。
「……いや、おばちゃんゴメン。僕今日は帰るわ」
「なんでぇな?うちで食べてもそっちで食べても一緒やんか。アンタとこにはおばちゃんから電話しとくし。な?そうし!」
こういう、人に善意を施す時の真弓の母ちゃんは、かなり強引で押し付けがましい。
それだけええ人なんやろけど、今の俺にはその善意がツラい。
「うん。でもあの〜、ちょっとなんかイロイロ………いっぱい用事思いだしたし」
修飾語をいっぱいくっつけた曖昧な言い訳で逃げようとしたところに、今度は工場のシャッターの奥から真弓の親父が現れた。
白いTシャツの袖から出ている真っ黒に日焼けしたムキムキの腕。
顔は汗と脂で異様なほど黒光りして、格闘家みたいな迫力がある。
「―――おぅケンタ!今日は飲むで!」
いつもやかましい鉄工場にいるせいか、親父さんの声は必要以上にやたらとでかい。
ただでさえ迫力ある風体でこの声を出されると、訳もなくびびってしまう。
「……いやいや、おっちゃん。いつも言うてるけど僕未成年やし……」
「ワッハハハッ!んなもんお前の親も公認やから安心せぇ!―――おい母ちゃん。取り敢えずハラミ5キロと樽生買うてこい」
おっちゃんは豪快に笑いながら作業着のポケットに手をつっこんで、何枚かの一万円札を無造作に取り出すと、真弓の母ちゃんに渡した。