淡恋(後編)-8
ホテルの窓の外には、毒々しいネオンの光が散りばめられ、都会の不思議な夜景を描いている。
「…今夜は、やけに烈しかったな…よかったぜ…」
そう言いながら、白髪の男は、僕の長い髪を撫で、頬にキスをすると僕をひとり残してホテルの
部屋を出て行った。
彼の愛人になって半年がたつ。男の僕が、ほんとうに彼の愛人なのかはわからない。縛られて男
に抱かれ、嗜虐的に責められる関係…ただ、責められることに気だるい切なさを感じ続けていた。
ベッドのまわりには、僕が身につけていた女性ものの下着が散らばっている。僕の白い肌には、
うっすらと縄の赤い痕が残っていた。
全裸の僕は、まるで脱け殻になったみたいにぼんやりとベッドの中から窓を見つめる。
サエキが僕の中に放出した粘液質の精液が、臀部のすぼまりから溢れ、糸をひくように内腿を流
れている。
男に抱かれながらも、マサユキさんとの青いからだの関係は、淡い追憶となって、今もまだ僕の
中にほんのりと漂い続けている。男の精液をからだの中に含んだというのに、僕の中には、あの
頃のマサユキさんの、無花果の汁のような甘い精液の香りの記憶だけが残っていた。
あの地下室での出来事から二年後、あるSMクラブのM男として働いていた僕に、あの女は、
マサユキさんが、白血病で死んだことを連絡してきた。
その夜、僕は烈しく泣いた…。
どうしても信じられなかった。涙が涸れてしまうくらい僕は泣き続けた。溢れる涙は、烈しい
嗚咽とともに、いつまでも頬を流れ続けた。
でも…
今、マサユキさんを想うとき、僕の中には、どこからか抑制できないような懐かしいまぶしさが、
さざ波のように目覚めてくる。枯渇した沼の中から、新たな息吹のようなほのかな何かが、湧き
上がってくるのだ…。
そう言えば、最後に僕が含んだマサユキさんのペニスは、今となってみれば、どこか愛おしいほ
ど脆い気がした。彼のペニスが僕の中で戯れるように蠢くとき、僕はそれを優しくどこまでも包
み込んであげればよかった…と、今さらながら思うのだ。
窓ガラスに映った僕の虚ろな裸体…そして、今の僕にとっては、どうでもいいような小さく縮か
んだペニスが、しっとりと濡れていた。
マサユキさんは、ずっと病気に冒されていたのだ…。
マサユキさんは、自分が近い将来、白血病で死ぬことをおそらく高校生のときから密かに覚悟し
ていたのかもしれない。マサユキさんを失った僕は、そのとき初めてマサユキさんの瞳の奥にあ
る悲しい光の意味を知ることができたのだった。