淡恋(後編)-10
「…燿華さんは、以前と変わらず素敵ですね…まだSなんですか…」と、にっこり笑いながら、
コーヒーカップを手にしたカズオ君の綺麗な爪が艶やかな光沢を放っていた。
「いやだわ…わたし、すっかりオバサンになってしまったのよ…それに、もうS嬢なんてできな
いわ…どちらかというと、今はMかしら…」
その言葉に、驚いたように小さく笑ったカズオ君の前で、私は、少し気恥ずかしさをおぼえた。
「…僕は…いや…わたしは、あれからずっとMなんです…でも、あのころ鞭を手にしていた素敵
な燿華さんが、Mになって責められる姿なんて、想像できないですね…」
喫茶店を出ると、カズオ君は私に小さく手を振り、夜の雑踏の中に消えていった。私はその後ろ
姿をいつまでも見つめ続けた。
愛した人の面影を、今もずっと抱き続けることができるカズオ君の優しさと切なさが、私には
眩しすぎるほど美しかった…。
まるで澄みきった夜空に流れる涙のような流星の細い帯びが、追憶の光のレクイエムをおだやか
に奏でながら、カズオ君の心の中に、満ちあふれるように降りそそいでいるような気がした。
そんなカズオ君が、私には、とても羨ましいと思ったのは間違いなかった…。