恋愛小説(6)-9
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夜の街を歩く。千明を背に背負いながら。
当たりは静寂に黒を塗りつぶしたかの様に静かで、僕の足音さえもはっきりと聞き取れそうな程だ。時折強い風が僕と千明の身を冷やす。ひゅー、という音を鳴らしながら後方を流れて行く。家々が眩い光を灯しながらクリスマスをたたえていた。僕が千明に寒くない?と聞くと、千明は僕の背で小さく首を振った。「ちーくんの背中、あったかいで」
「そりゃどうも」
「あったかくて、広い」
「そりゃどうも」
「ちーくん、聞いてる?」
「聞いてるさ」
千明の吐息が時折耳をくすぐり、少しこそばゆい。息は白く色づき夜の闇へと消えて行く。ふと空を見上げると満天の星空が僕らを祝福しているようにも見えた。いつか見た星々は今も変わらず輝き続けている。
「ちーくんちーくん」
「ん?」
「メリークリスマス」
「ん?」
「日付、もう変わってたんやで」
「あぁそうか。メリークリスマス」
「プレゼントは?」
「ん?」
「ん、じゃない。プレゼントは?」
「僕は善良な一般市民だからね。紅い服なんて持っていないし、髭も殆ど生えないし、空飛ぶソリなんて見た事もない」
「ちーくん、夢ないなぁ」
「千明は信じてるの?その、サンタクロースってやつを」
「信じてるで」
「そっか」
「ちーくんがそうやったらいい、って思うときもあるよ」
「どういうこと?」
「ちーくんが私に幸せ持って来てくれる、サンタクロースやったらいいなぁ、ってそう思うんやん」
「期待にそえるようがんばるよ」
雲に隠れていた月が顔を出して、辺りを柔らかい光で照らしている。もうすぐ千明の家だ。もう随分と遠回りをして来たけれど、もうすぐ着く。ゴールは目の前に。
「ちーくん?」
「ん?」
「言いたいこと、あるんやろ?」
「言いたいこと、というか、言わなきゃいけないこと、なんだけどね」
「どっちでもいいやん」
「そうかもしれない」
「特別に聞いたる」
「ん。じゃあ聞いて下さい」
千明が背中でもぞもぞと動くから、僕は出来るだけ丁寧に降ろしてやった。ちょこんと地面に立つと、服に出来た皺を伸ばして行く。裾を引っ張り、襟を直し、帽子を注意深くかぶり直し、千明は僕を見た。僕も千明を見た。柔らかな頬が紅く染まっている。いつか買ってあげた眼鏡が控えめに鼻に引っかかっている。僕はそれがたまなく愛おしくなって、千明を抱きしめた。