異界幻想ゼヴ・ラショルト-18
「深花……」
名前を呼ばれると、深花はびくっと身を震わせる。
「二人で話したい事があるんだろ?ごゆっくり」
憲兵は独房の反対側に積まれていたトーチの一つに火を移すと、深花に手渡した。
「いちおう囚人さんだし、武器になりうる代物を掴ませないようにな。それ以外は自由にしてくれて構わない」
「はい」
憲兵が一階へ上がっていってから、深花は鉄格子まで近づいた。
「どうしてここに来た?」
ジュリアスの質問に答えるより早く、両目に透明な雫が盛り上がる。
それはそのまま頬を伝い、石畳の床へと落ちていく。
「ごっ……ごめんなさい!」
泣きながら、深花は謝った。
「わ、私のせいでこんな所に……!」
やっぱりそう来たかと思い、ジュリアスはしかめっつらになる。
「ごめんなさい……!」
それを見て、深花はますます泣いてしまう。
「泣くな。お前は被害者だ」
声をかけても、その声は深花に届かない。
ジュリアスは鉄格子の前まで行くと、深花を手招きした。
もっと近づいた深花の顔を、なるべく優しく覗き込む。
何を言われるのかと、それを受け止めるために深花の涙は止まった。
語調によってはまた泣き出してしまうかも知れないと思い、ジュリアスは言葉を探す。
その時、階上で鈍い音がした。
「あれえ?」
棒読みな、憲兵の声がした。
「どうした?」
「いや、独房の鍵が見当たらなくてなぁ……まあ、明日の朝辺りに詰め所の机の上にでもあるだろう」
その言い草に、ジュリアスは笑みを漏らす。
「深花。ちょっと上に行ってみてくれないか?」
「?」
「いいから」
促された深花はトーチを掲げ、階段を登っていった。
暗闇の中で、待つ事しばし。
戻ってきた深花は、片手に鍵束を持っていた。
「これ、落ちてたけど……」
ジュリアスは、大きい鍵を示す。
「この鍵が開くはずだ」
合点がいったらしい深花は鍵穴にトーチを近づけて視界を確保すると、鍵を差し込む。
重い音がして、鍵が開いた。
開いた戸から、深花が体を滑り込ませる。
壁に開けられたトーチの設置場所にトーチを差し込むと、深花は手枷に小さい鍵を入れた。
すぐに、ジュリアスの手は自由になる。
「で、明日の朝まで猶予があるが……一緒に独房入ってるか?」
できる事ならもっと安全で快適な場所に行って欲しいと思い、ジュリアスは言う。
「あんまり住み心地のいい所じゃないし、外に……」
「うん」
するすると、深花は隣に腰掛けた。
「明日の朝まで大丈夫なら、一緒にいたい……迷惑じゃないなら」
先に選択肢を出してしまった以上、さっさとどこかに行けと追い出すのも変な話だ。
「まぁ、迷惑じゃないな。長居するならこっち来いよ」
ジュリアスは深花の腰に手をやり、自分の腿の上へ尻を導いた。
硬い石畳の上に女を座らせるのは、忍びない。
「あ……」
対面して座らされると、何故か深花は体を突っ張って嫌がった。
「どうした?」
「いや、あの……」
うつむいてもじもじする深花の服の中身が、その動きのせいでちらりと覗ける。
体のあちこちに、鮮やかな赤い痣ができていた。
暗いしこんなリアクションをされるまで気づかなかったが、首にも三つはついている。
クゥエルダイドのキスマーク。
これを見られたくなくて、訪問時間に夜を選んだのだろう。