異界幻想ゼヴ・ラショルト-17
重い鉄格子の鍵が、背後で下りた。
適当に丸められたぼろぼろの毛布が一枚と食べカスが散らばった石造りの床、隅には排泄と掃除用に開けられた手も通らない大きさの溝。
天井近くの手が届かない位置には、採光と換気を兼ねた鉄格子付きの窓が開いている。
独房とは、何とも寂しい場所だ。
体の前に拘束された自由のきかない手で苦労して毛布を広げると、ジュリアスはそこへ横になる。
石でできた床の冷たさが、じわじわと体熱を奪っていく。
「……長居したくねえ所だなぁ」
呟いて、ジュリアスは目を閉じた。
神機パイロット候補生を殺した殺人犯。
それが、今のジュリアスに張られたレッテルである。
ここは、憲兵舎の地下にある独房だ。
二日後には査問会議だか軍法会議だが開かれ、クゥエルダイド殺害の罪が問われる事となる。
どんな判決が下るのか予想は全くできないが、最悪の場合は当然ながら死刑だろう。
「宣告が出たら、死ぬ前に告白できるかなぁ」
呟いて、ジュリアスは深花の姿を思い浮かべた。
自分の事を男として意識してもいない女。
美人というなら明らかにフラウの方が上なのだが、姿形はどこもかしこも愛らしい。
ひとたび腕の中に抱けば可愛らしくも情熱的な反応で、夢中になって全身を吸い立ててしまう。
それ以外の時だって、彼女なりの一生懸命で自分が施す教練にも神機に搭乗しての特訓にも食いついて頑張っているのだ。
守りたい、と思う。
一生傍にいて、その存在を守り抜きたいと。
「……できなさそうだけどなぁ」
それから、どれくらいの時間が経ったか。
その日の食事を持ってきた憲兵が、不思議そうに尋ねてきた。
「どうして少尉ともあろう人間が、独房入りしてるんだ?」
どうやら勤務交代したばかりで事情を知らないらしいその男に、ジュリアスは簡潔に説明する。
「人の惚れた女に粘着した男が彼女をさらって犯したから、怒りに任せて殺しちまったんだよ。しかもそいつ、彼女が抵抗できないように媚薬まで使う念の入れようで、絶対に許せなかった……でも殺しちまった以上言い逃れはできないし、するつもりもない。おとなしく裁きを受けるさ」
パンが一つとぬるくてまずいスープを盛った小皿を鉄格子の隙間から差し入れつつ、憲兵は頷いた。
「惚れた女かぁ……やり方はまずかったと思うが、もしも同じ事が自分の身に起こったら俺も相手に痛い目を見せるくらいはやるだろうな」
そう言ってから、憲兵は自分の顎を撫でる。
「……失言だった。とりあえず、個人的にはあんたを応援するよ」
「ありがとよ」
憲兵が独房の前を去ってから、ジュリアスは食事に手を伸ばした。
ぱさぱさで味も素っ気もないパンを掴み、かじりつく。
腹が減っているわけではないが、食べておかないと後々怪しまれる。
別に自殺衝動もないので、アピールしておかねばならない。
食事を終えたジュリアスは、再び毛布に寝転がった。
気づかない間に眠っていたらしく、誰か複数がこちらへやって来る足音で目が覚める。
耳を澄ませば、足音の主は食事を運んできた憲兵ともう一人。
ジュリアスは起き上がり、二人を出迎える。
すっかり日の沈んだ時刻のため、憲兵はランプを掲げてやって来た。
「面会者が来たぞ」
何か良からぬ事を企んでいる風な笑顔で、憲兵は言った。
「さ、どうぞお嬢さん」
憲兵の後方から、女が姿を現す。
それは、今一番会いたくて今一番会いたくない女だった。