熱帯夜の終わり-2
「そんなわけないって言ってたじゃん」
それは思っていたよりずっと低くて小さな声。
「へ?」
意味が分からなくて聞き返すと、
「さっき友達に本気だったのか聞かれた時、そんなわけないって言ったじゃない」
「…」
何かを堪えるような震えた声。
『そんなわけないだろ』
さっきの吉村との会話か。
照れ隠しで言ったセリフ、深い意味なんてない。
「あれは――」
「あたしなんかからかって、楽しかった?」
「そんなつもりじゃない」
「真剣に相談したり心配したりしてさ、あたし、馬鹿じゃん」
下を向いたままそう話すみのりさんの目からはぱたぱたと涙が落ちていく。
また泣かせてしまった。
元カレのことで泣いてた時より、涙はどんどん零れてくる。
「話聞いてくれて、嬉しかったのに」
「…、ごめん!」
「思い出すだけで、恥ずかしい…、だからもうあなたの顔も見たくないの…っ」
「…」
「もうやだ」
「嫌われたくなかったから」
「…」
「ばれたら嫌われると思って言えなかった。みのりさんが好きだから」
生まれて初めての真剣な告白は
「そんなの信じない」
一蹴されてしまった。
「みのりさん」
「そんな言葉に騙されない」
「嘘じゃない」
本当に真剣なんだ。
お願い、信じて…
「あなたは嘘つきよ」
言い切られてしまった。
俺は、嘘つき。
みのりさんを騙してた。
話を聞いてくれて嬉しかったとまで言ってくれた人に、俺のことをあんなに心配してくれた人に、こんな顔をさせてるのか。
「…もう閉めるから、どいて」
何も言えない。
言われるまま手を離すと、みのりさんは下唇をキュッと噛んで無言で下を向いた。
ゆっくり閉められていくアルミの扉が分厚い鋼鉄に思えるほど重々しく見える。
全部自分で蒔いた種。
それは理解していた。
なのにいざこうなってしまうと、後悔とか自己嫌悪とか、そんな簡単な言葉じゃ片付けられない。
『あなたの顔も見たくないの』
“あなた”って言われた。
もう名前も呼んでくれないんだ。
そりゃそうか、顔も見たくないって言ってるんだから。
「…あ?」
ほっぺたを何かが伝って落ちた。
手で拭って、それが涙だと気づくのに少し時間がかかった。
俺、泣いてんの?
振られたくらいで泣いちゃうとか、有りえんだろ。
カッコ悪…
嘘の代償は大きかった。
もう二度と信じてもらえない。
悲しくて、しばらく泣き止めそうになかった。