紫黒の夜-1
夜鳥もいない深い深い森の中―――
「ウル!」
少女は金色の髪を風に揺らし、愛らしい紅い唇を開いた。そこから放たれた名は少し離れた場所にいた漆黒の長い髪の美女へと届く。
黒髪の女は声の主の元へと駆け出しながら、羽織っていたコートの下から二本の銀色の斧を取り出す。ずっしりとした重量感のあるそれらは月光を纏い、美しく輝いていた。
「ウルッ!」
緊迫した声が再び響き渡り、黒髪の女は間に合わないと察したのか、片方の斧を全力で投げた。
ズシュッ
鈍い音共に放たれた斧が大樹に背を預ける少女の足元に突き刺さり、その傍に真っ黒い塊が崩れ落ちる。
「お嬢様!!」
女の細腕のどこにそれほどの力があるのか。漸く駆け付けた女は斧を片手で拾い上げ、黒い塊を蹴り飛ばす。少女と蹴り飛ばしたモノの間に立つと女は両手に持つ斧を構え、少女の姿をチラリと見る。
「遅いわ! ウル!」
少女は大きな青い瞳を吊り上げ、ウルと言う名の女を責める。しかし、少女の瞳と同じ青色のドレスもそこから覗く白い手足にも傷はなく、ウルは問題ないと判断する。
正面に向き直り、ウルはよろよろと立ち上がる人の倍はあるだろう黒い獣を視界に収めながら、真っ赤な唇で弧を描く。
「申し訳ありません。アリシャ様。すぐに片付けますので、御許しを」
そう告げるウルの表情は美しく、妖艶に真っ赤な舌で唇を一舐めする。
そんな様子を知る筈もなく、アリシャは小さく溜め息を吐く。
「…………。頼みましたわよ」
「はい」
ウルは返事もそこそこに黒い髪を靡かせ、黒狼へと駆け出した。