淡恋(前編)-4
僕は、薄く口紅を塗ったあと、ブラジャーと薄い刺繍のあるパンティを手に取る。
最近は、ふくらみがくっきりと形取られた胸に、ブラジャーをつけることがあたりまえになって
きた。ただ、透けた薄いパンティに包まれたペニスの微妙なふくらみだけに、いつも自分自身に
対する、とらえどころのない迷いを感じるようになっていた。
マサユキさんのあの言葉を意識すればするほど、僕はマサユキさんのための女になりたいと思う。
でも、マサユキさんが言ったように、僕がもし女だったら、僕たちは、もっと深く愛し合うこと
ができたのだろうか…ふと、そう考えることがある。
確かにあの頃、マサユキさんの潤んだものを、僕の口や臀部の奥深くに含んでも、僕たちには、
どうしてもたどり着けないところがあることを、お互いが感じて始めていたのだ。ふたりの中に
は、空をつかむような焦れったさと渇いた切なさだけが、ただ虚しく漂っていることを、ふと感
じたことがあったのは確かだった。
マサユキさんが死んでから、僕は、女装をして夜の街で男たちにからだを売るようになった。
もちろん、女性の衣服に身を包んだ僕に声をかける男たちの中には、僕が男だと知ると怪訝な顔
をして離れていく男もいた。それでも何人もの男たちとからだを重ね、ベッドのスプリングが
烈しく軋むくらい僕は男たちに強く抱かれ、彼らのものをからだの中に含みながら果てていく夜
を何度となくすごしてきた。
でも、男たちと唇を重ね、彼らの息づかいを首筋に感じ、自分の中に放出される精液の臭いを
嗅ぐことに、いつごろからか僕は、死んだマサユキさんに対するやり場のない虚ろな追憶を抱く
ようになっていたのだ。
マサユキさんが、どうしても忘れられなかった…。
夜の街を歩いていると、ふとマサユキさんがあらわれて、声をかけてくれるのではないかと思う
ことさえあった。
そんなとき、今もまだ幻影のように浮遊してくるマサユキさんへの思いが、ほんのりとした甘美
な疼きとともに僕のからだの中に湧いてくるのだった。
「とても男とは思えないな…そこいらの女よりはるかにいい女だ…」
半年前に僕を買った白髪の太った男は、額と弛んだ二重顎に、いつもねっとりとした脂汗を
滲ませ、でっぷりとした突き出た下腹を揺するようなしぐさをする。
「オレの愛人にならないか…」と、二度目に誘われた酒場で、薄笑いを浮かべたその男は、僕の
耳元で囁いた。
愛人という言葉に、僕は心の中でため息のような苦笑を洩らした。男でも女でも、愛人は、やっ
ぱり愛人なのだ。僕はマサユキさんをわすれられない自分の中の息苦しさとゆらめくような心の
放蕩があったからこそ、その男の愛人になることを決めたよう気がする。