淡恋(前編)-3
ふたりだけになった音楽室で、マサユキさんの手が僕の頬に初めて触れたとき、彼と僕の視線が、
どこか吸いつくように自然に絡み合った。
あのとき、僕はどこか蠱惑的で憂いのあるマサユキさんの瞳にすっと吸い込まれていった。胸の
中に、瑞々しい若葉から雫が光りこぼれるようなときめきを感じた。それは、これまで誰にも感
じたことのない、どこか心の襞が次々と折り重なるように、溶けていくときめきだった。
そして、言葉を発することなくマサユキさんの腕が僕を包み込み、甘い香りを漂わせた彼の唇が、
僕の唇に重ねられた。
僕は目を閉じた…。気が遠くなるような優しさを含んだ柔らかな唇だった。からだの中にひたひ
たと押し寄せてくるさざ波が、やがて大きなうねりとなって僕の中にひろがっていった。
マサユキさんの唇は、僕の唇を啄むように這い、その舌先は甘い唾液とともに僕の唇のすき間を
充たしていった。ふたりの唇は戯れるように絡み合い、まるでどこまでも青い空のなかで、眩し
い陽光をキラキラと耀かせながら、心地よい旋律を奏でているようだった。
どれくらいの時間だったろうか…僕はマサユキさんと接吻を交わしながら、強く抱きしめられた。
それは、僕にとっては初恋なのだ…。男と男のあいだにそんな言葉があるのか…僕にはわからな
かったけど、胸が締めつけられるような思いに充たされ、からだの芯に蕩けるようなものを感じ
たのは確かだった。
アパートの窓のすきまから、湿った風が流れてくる。
僕は、大きな化粧鏡の中に自分の顔と裸体をのぞきこみ、肩までのびた艶やかな黒髪にブラシを
あてる。鏡に映ったどこか少女のようなあどけなさを残した色白の顔は、長い睫毛とくっきりと
した瞳をもち、鼻筋も、湿った薄い唇も、女性そのものだった。
丸みを帯びた肩から括れた腰へ向かう僕のからだの線は、なだらかな軌跡を描き、悩ましいくら
い女の匂いを醸し出していた。肌理の細かい雪白の肌をした胸は、いつのまにかふくらみが形取
られ、淡い桃色に縁取られた乳輪の中には、乳首が可憐な蕾のように彩られていた。
僕は、すでに幼少の頃から、顔も体つきも女の子みたいだった。
まわりの人から、女の子みたいにかわいいわね…と言われることに、幼少の僕は嫌な気はしなか
ったけど、高校生になった頃から体が丸みをもち、胸にほのかなふくらみを感じてきたとき、
上半身の裸を人前に晒すのが恥ずかしくなってきたのだ。
それに僕が異性を感じるのが、女の子ではなくて、男の子だったことに、戸惑いを感じ始めたの
もあの頃だった。
そして、二十七歳になった今の僕のからだは、むっちりとした乳白色の太腿の付け根の、海藻の
ような淡い陰毛で覆われた小さなペニスを除けば、手の指先から脚の爪先まで女性のからだその
ものだと言ってもいいほどだった。