マルゲリータは眠らない-3
「相原さん……今日もお見舞いにいらっしゃって……」
「先生もね、もう、いいだろうって勧めているのよ?だけど、絶対に首を縦に振らないのよ」
「知ってる。この前なんか、先生に食ってかかってたわ。子供たちも、巣立った。ぼくの生涯年収をくれてやる――って」
「そういう問題じゃないのにねぇ?」
「ねえ?」
……がっつり聞こえているぞ、看護婦共。
ぼくは心の中だけで嘆息した。
大学病院だから、ってわけではないのだろうが、質が低い。
看護婦として、というより、一社会人として、だ。
患者の噂話しは聞かれないところでするくらいの最低限のモラルは身につけるべきだろうに。
ぼくは病室の、案外、防音性の低い扉越しに、そこにいるだろう看護婦を一睨み、目前のベッドで眠る女性へと視線を下ろした。
相原弓香――ぼくの妻だ。
吸引マスクをつけ、ベッド脇には点滴と生命維持装置。
――もう、六年もこのままだ。
二度ほど、回復の兆しが見受けたこともあったが、けれど、ここ一年は変わらず、昏々と眠り続けている。
「弓香。昨日、またSigh of Relifeに行ってきたぞ。靜くん、覚えてるか?ほら、警官になった。彼が、いまじゃ立派なマスターだ。それだけ、ぼくらも歳を取るわけだ」
弓香は、答えない。
淡々と吸引マスクの乾いた呼吸音が鳴り続けるだけだ。
それでもぼくは続けた。
「そうそう。由紀彦がな、彼女ができたんだって。紹介したい、将来のことも考えてる――なんていっちょ前の口を聞いたよ。……ん?弓香、お前も会ってみたいか?どんな子だろうな?あいつのことだから派手なタイプじゃないだろうが、まさか、清純可憐なお嬢さんってことも――……」
ぼくは二十分近く、ひとりで喋り続けた。
妻は、答えない。
けれど、それでも、喋り続けたんだ。
奇跡でもいい。
笑われたっていい。
お前のあの微笑をぼくはもう一度、向けられたいんだ。
だから、ぼくは喋り続けた。