異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-17
「……もっと胸が欲しいかなぁ」
フラウと一緒に食堂へ向かって歩き出しながら、深花はそう呟いた。
「胸?」
不思議そうな顔をするフラウに、深花は言う。
「ええ。軍に入ってから体全体が締まってきてるのは歓迎できるんですけど、胸が痩せた気がして……」
歩く度にその豊満さを見せ付けるフラウの胸が、心底うらやましい。
フラウは自分より背も高く、胸は言わずもがな……たぶん腰も細い。
レベルが違いすぎて妬む気にはなりようがない、本物の美人である。
「……」
こんな美女から想われているのになびかないジュリアスの事が、不思議で仕方ない。
フラウが駄目なら、一体どんな女性がジュリアスを射止める事になるのだろうかと思う。
ティトーはまあ、火遊びが面白くて特定の相手を作る気はなさそうだ。
「なぁに?」
見つめられている事に気づいたフラウが、小首をかしげて深花を見た。
「え、あ、その……」
慌てふためく深花を見て、フラウはくすりと笑った。
「何か言いたそうな顔に見えるけれど」
「そ、そんな事ないですっっ」
力一杯否定する深花をからかおうと、フラウは口を開く。
その時、轟音が響いた。
「……何?」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせると、音のした方向……食堂に向かって駆け出した。
食堂の裏手は、すさまじい有様だった。
中身のぶちまけられた鍋。
何故か異臭を発する鍋の中身。
気の早い残飯処理用の豚が、積み上げられた野菜の皮の山に頭を突っ込んでいる。
それらを、何人かの兵士が遠巻きに見ているのだ。
「……なにがあったの?」
呆然とフラウが呟いた時、勝手口から調理担当のおばちゃんが顔を出す。
「あらあんた達。早いお着きね」
「ええ、訓練が早めに終わったものだから。それより、この有様は一体何事?」
フラウの言葉に、おばちゃんは困った顔をする。
「新入りの子にスープの味付けを任せたら、見事に失敗してとても飲めない代物ができちゃってねえ。とりあえず裏手に置いといてって指示したら、どういう訳か……」
降参と言わんばかりの仕草をして、おばちゃんは続けた。
「爆発したみたいなんだよ」
「爆発ぅ!?」
一体どこのコントかと驚いて、深花は素っ頓狂な声を上げていた。
「爆発するスープって……まあ、斬新だこと」
フラウの声に、おばちゃんは苦笑いを返す。
「スープ以外は出来上がってるから、食べてきなさい。材料がもうないし、今日はスープが出せないけどね」
二人は、食堂の正面口に回った。
中に入ると、焦げ臭い匂いが食堂内に充満している。
そして調理場の隅で、誰かが叱責を受けていた。
年と背丈は、深花と同じくらい。
肩の辺りまで伸びた濃いめのブラウンの髪に、黄緑色の瞳。
愛らしい顔立ちだが、今は両目に溢れ落ちそうな量の涙が溜まっている。
「あんたが駄目にしたのはね、毎日体を張って頑張っている兵士のための食事なんだよ!?よくもまあ、あんな味付けにした揚句爆発って……爆発って……!」
ぶほ、と説教していたおばちゃんが吹き出した。
やはり、笑いのツボに入ったらしい。
「つ、つまりだね……」
威厳を取り戻せないおばちゃんに、深花は声をかけた。