異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-16
「たあっ!」
「無駄な気合いを入れるな!足元をおろそかにするんじゃねえ!」
ジュリアスは構えた木の枝で、深花の足を打ち据える。
「力むな!ほら、手元の守りが薄くなってる!」
空を切る音と共に、木刀を持った手が枝で叩かれた。
木の枝、とはいってもジュリアスが使うのはよくしなる鞭のような一本で、間違えて眼窩にでも突っ込まない限り殺傷能力はたかが知れている。
対する深花は当たれば手痛い一撃を加えられる事間違いなしの頑丈な木から削り出した木刀だが、今の所は師匠に当てるどころかその場から足を動かさせる事すらできていない。
「がむしゃらに突っ掛かるだけが剣の扱いじゃねえぞ!そら、また力んでる!」
再び手をぶたれ、深花は思わず声を漏らした。
ジュリアスは相当加減をしてくれているし、自分だって生半可な傷などすぐに癒えてしまう体だから、痛いという訳ではない。
ただ、悔しいのだ。
初心者が熟練者を打ち負かすなどよほどの事がない限り無理なのは、分かりきっている。
剣の持ち方や構え方などの基本は既に叩き込まれているが、学んだ事を出しきってもジュリアスには遠く及ばない。
「踏み堪えろよ!」
ジュリアスの声と共に、木の枝が突き出される。
「っきゃ!」
教えられた通りに剣を構え、威力を削いで受け流したが……腕が限界を迎え、深花は木刀を取り落とす。
「……ここまでだな」
汗一つかいていない涼しい顔で、ジュリアスは言った。
「まあ形は板についてきたし、筋は悪くない。もうちょっと頑張れば、軍曹辺りと手合わせしても引けをとらないだろ。お疲れさん」
ジュリアスは、深花の振るっていた木刀を手に取る。
「次だ、フラウ」
「はい」
自分の木刀を手に取り、フラウは立ち上がった。
フラウが通じているのは暗器の扱いであって普通の剣ではないため、ジュリアスによる鍛練は有効なのだ。
つまり、ずいぶん稽古をつけられているフラウもジュリアスにはまだまだ及ばないという事でもあり……ここまでのレベルへ達するのにジュリアスがどれだけの努力を払ったのかと思うと、深花は頭が下がる思いだ。
二人が木刀を打ち合わせ始めると、深花は打ち合いに巻き込まれない位置まで後退した。
その位置から、二人の稽古を眺める。
邪魔にならないよう髪を後ろにまとめたフラウは、木刀を両手で持ってジュリアスに挑みかかる。
フラウが相手ではさすがに立ったままで木刀を捌くのは難しいらしく、ジュリアスは立ち位置をずらしながらフラウの攻めを受けていた。
とても木刀がぶつかりあっているとは思えない重い音を聞きながら、深花は見取り稽古に励む。
体に教え込まれる事も目から覚える事も、今の深花には全てが役立つ。
「よぅし、いい太刀筋だ!」
ジュリアスはフラウの木刀を受け止めると、深花の目には理解不可能な動きをした。
自分の動態視力がついていけなかったらしく、ジュリアスの体が傾いたかと思うと次の瞬間にはフラウの背後に立っていたのだ。
ここが戦場なら、このまま首でも撥ねておしまいなのだろう。
「……降参」
木刀を地面に取り落とすと、薄く笑ってフラウは言った。
「お前はまだまだだな。さて、そろそろ夕飯の時間だし訓練は切り上げるか」
どうやら、自分の訓練にかなりの時間を割いていたらしい。
「今日の訓練は終わりだ。二人とも、お疲れ」
ジュリアスは木刀を拾うと、倉庫へしまいに行ってしまった。
「あー……お腹空いた」
深花はそう呟いて、立ち上がった。
トレーニング開始前に腹ふさぎとしてつまんだ軽食程度では、激しい訓練ですぐに消耗してしまうのだ。
ほんの少し前までは増減する体重に一喜一憂してはダイエットに励んでいたものだが、体を研ぎ澄ませる事が目的のトレーニングに従事しているととにかくカロリーを取らないと体がへばってしまう事が実感できる。
元いた世界ではローカロリーの食品を食べていてもぷにぷにしてくる二の腕やむちむちになる太股を憎らしく思ったものだが、今はハイカロリーのものを食べていても体全体が引き締まっているのだ。