異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-15
「まあ、色々とな……あ」
基地の分厚い壁と門前町の屋根が見えてきたのを、残念に思う。
自分の体の前面にすっぽり収まっている華奢な肢体を、もう少し感じていたかった。
しかし、そんな願いが叶うはずもない。
やがて四人は、基地の正門にたどり着く。
見張りの兵士二人が手に持った槍を交差させ、一行の歩みを阻んだ。
「ずいぶんな騒ぎだったな」
「カイタティルマートが飛んだと聞いて、何が起きたかと思ったぞ」
見張りが、にやにや笑いながら言う。
「騒がせて悪かったな。代わりに片付いた問題があるから、それで勘弁してくれ」
にやにや笑いを返しながら、ティトーは言う。
「ほう?」
「何が片付いた?」
好奇心も露に、見張りは体を乗り出した。
「俺の従兄がな、ようやく身を固める決心をしやがった。盛大な祝賀会が催されるぞ」
それを聞いた一人が、鋭く口笛を吹く。
「よっしゃ!上等の祝い酒が回ってくるんだろうな?」
もう一人の質問に、ティトーは頷く。
「もちろんだ。楽しみにしててくれ」
「よしよし……ああ、通っていいぞ!」
槍をどけ、門番は四人を通す。
そのまま厩舎に行くと馬丁に馬を預け、四人はザッフェレルの元に行った。
「お主ら……」
心底呆れた声で四人を出迎えたザッフェレルは、鎮痛効果のある薬湯を啜った。
「王子殿下の婚約騒ぎ程度で基地を出奔するとは、一体何を考えておるのだ?」
「いや、そこは本当にすまない事をしたと思ってる。けど……」
ティトーを黙らせるためか、ザッフェレルは手を一振りした。
「中将殿より話を聞いている。深花の活躍で、王子殿下は長の問題に決着をつける気になったそうだな」
「活躍なんて、そんな大それた事をした覚えはありません!」
思わず抗議すると、ザッフェレルはニヤリと笑った。
どうやら口調とは違い、さほど怒っている風ではない。
「お主ら四人の中で、女二人は王室との関係は薄い。いくらティトーとジュリアスの知人とはいえ、妃殿下は本来お主と面会する義理もない。そんな中でお主は、関係者が長年頭を悩ませてきた王子殿下の結婚問題に僅かな時間で決着をつけてしまったのだ。これを活躍と言わぬのは、度を越した大うつけの所業であろう」
「……怒ってないな」
ティトーの呟きに、ザッフェレルは喉を震わせた。
それが笑い声だと気づくのに、深花は一瞬遅れる。
「さほど、と付くがな。許可なく基地を出ていったペナルティは与えたい所だが、王家から四人には特別な配慮をと要請がきている。今回の罰は、訓練項目に特別メニューを追加する事で帳消しとしよう」
それを聞いて、ティトーが嫌そうな顔をした。
「洒落にならんメニューの追加はごめんだぞ」
「吾輩の腹の虫がそれで治まれば、儲けものだとは思わぬか?」
「……だな」
片手を振って降参を示すと、ティトーは真面目な顔になった。
「で、遠くない未来に俺達四人は結婚式に参加する事になる。この二人にもある程度、式次第を練習させなきゃならないんだが……やっぱりそうだよな」
ザッフェレルの顔色を見て、ティトーは慌てて付け加えた。
本音を言えばレセプションを迎えた時の練習並に時間が欲しい所だが、先に我が儘を通してしまった自分達が要求できる事ではない。
「とりあえず今日の所は、剣術と体力作りくらいにしとくか」
「それがよかろう」
ザッフェレルが頷いた、その時だった。
ティトーと深花の腹が、派手な音を立てる。
「……朝から何も食ってないからなぁ」
「基地に帰ってきたら、緊張が解けちゃって……」
頬を赤らめて弁解する二人を見て、ザッフェレルは微塵も表情を動かさずに言った。
「訓練に支障が出ない程度に、腹ごしらえしておく事は忘れずにな」
「もちろんだ……ジュリアス。剣術の訓練だけなら、俺がいなくても務まるよな?」
「あ?そりゃもちろん務まるが……何をする気だ?」
ティトーは笑うと、親指でザッフェレルを指した。
「せめてもの罪滅ぼし、って奴をな。今日一日……いや、三日くらいはザッフェレルの事務方を手伝ってやるよ」
ザッフェレルの後ろに控える……いや、そびえるといった方が正しいような書類の山を見て、ジュリアスは納得した。
神機チームの上官としての仕事もさることながらガルヴァイラに近い基地内の権力者という立場上、ザッフェレルに回ってくる事務仕事は多いのだ。
そして元々下士官のザッフェレルにとって、事務は得意分野ではない。
「それは助かるな。遠慮なくこき使ってやるから、早く腹ごしらえを済ませるがいい」
「分かった。少し待っててくれ」