異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-11
「……だったらどうして、こんなに時間をかけたのよ。どうして、レンターナとの婚約なんて話が出るまでプロポーズしてくれなかったのよ」
ぼろぼろと溢れる涙に、ユートバルトは自分の罪深さを思い知らされる。
「言うわけにはいかない言葉を、私はずっと待っていた。なのにあなたは言ってくれなくて……今更、遅いわよ」
「遅れてすまない……もう、私に愛想を尽かしたか?」
ファスティーヌは、ユートバルトの胸に顔を伏せる。
「愛想を尽かす事ができるのなら、こんなに苦しむわけないじゃない……」
「愚問だったな……ちゃんとしたいから、もう一度言おう」
背を撫でてあやしながら、ユートバルトは言う。
「私の妻になって欲しい。結婚しよう、ファスティーヌ」
ファスティーヌは、小さく頷いた。
「ずっと待ってた……その言葉」
ユートバルトがファスティーヌを連れて戻ってくると、四人は拍手で出迎えた。
「全く……十年もぐずぐずして伯母貴をやきもきさせるから、侯爵令嬢なんかを引き合いに出されるんだよ」
「で、挙式はいつだ?いったん基地に戻って礼装持ってこないといけないし、妃殿下への報告は早くしとけよ」
ぽつりと、深花は呟く。
「それにしても……レンターナ侯爵令嬢って、嫌われてますね」
それを聞いて、フラウが吹き出した。
「まぁ、ねえ……自らの欲望に忠実で、下々の人間を人間と思わない貴族の嫌な面が凝り固まった女じゃあ、ここにいる人達と反りが合わないのは仕方ないわよね」
苗字を持たない平民二人で、顔を見合わせ苦笑しあう。
将来、この国を牽引する事になる王子。
その妻となる事が確定した、今最も勢いのある伯爵の令嬢。
現在は絶縁中ではあるものの建国当初から連綿と続く大貴族の跡取りで、嘘や欺瞞が大嫌いな男。
王子の従弟で王妃を伯母貴と呼べるほど親密に付き合っていて、リベラルな性格と振る舞いは一堂随一の伯爵令息。
「並べてみると……」
「……とんでもないわねぇ」
小市民二人は顔を見合わせ、ため息をつく。
「あなた達も、列席してくれるんでしょう?」
ファスティーヌのお願いに、深花は声を漏らした。
「わ、私ですか!?」
「俺達神機乗り四人が結婚を祝うのは、文化習慣的に最高の祝福だ。ロイヤルウエディングなんだから、そのくらいやったって罰は当たらないだろ?」
ティトーの説得に、深花は喉の奥で唸る。
「結婚式なんて、親戚のくらいしか出席した事ないんですけど……」
フラウが、深花の肩を叩いた。
「大丈夫よ。あたしなんて、結婚式も葬式も出席した事ないわ」
天涯孤独の女は、やや寂しげに笑った。
「……ねえ、フラウ」
ファスティーヌが、フラウへ歩み寄る。
「私は、あなたを友人と思っていてよ」
そして両手を握ると、フラウの目を見つめてそう言った。
「しばらく生活を共にして、あなたの事を色々知っている。あなたは、私を友人と思ってはくれないのかしら?」
フラウの詳細を知らないユートバルトを意識してか内容は故意にぼかされたが、全員に言いたい事は伝わった。
「ファスティーヌ……」
フラウの瞳の中で、様々な感情が渦を巻く。
「……あたしは、ごく普通でありたいと願う人間です」
やや視線を逸らし、フラウは答えた。
「親密に接している男性二人が国にとって重要な人物だからおこぼれでこのような場にいるのであって、マイレンクォードのパイロットを辞めたらこうして王城に上がる事は今後ないでしょう」
それはそのまま自分にも当て嵌まると、深花は思った。