ルラフェン編 その二 月夜の晩に-1
ルラフェン編 その二 月夜の晩に
魔法の修行は一時休止、風穴どころか壁の崩れた風呂を見ながら、リョカは大工仕事に従事していた。
修行のおかげで木材加工はお手の物。幸か不幸か奴隷時代に培った建設知識のおかげで組木にもそう手間取らなかった。
「……おーいリョカ〜!」
リョカが汗水垂らしながら木材と格闘していると上空から声がした。そして、どさっと金色の毛皮の塊が降ってきて、ついで黄金の翼竜が舞い降りる。
「ふにゃ〜ん」
ガロンはリョカを見つけると嬉しそうに頬ずりをし、リョカもガロンの首を撫でる。
「ただいまっと……。あれ? おま、何してんの?」
たすき掛けの鞄を直しながらシドレーがきょろきょろと辺りを見る。昨日までは風呂のかまどと壁があったはずが、修復途中の無残な姿が見えたのだから当然だろう。
「ちょっとね……」
誤解に基づく不名誉な事実にリョカは言葉を濁すが、シドレーは手を顎にあて、半眼で彼のつま先から天辺まで見つめ、呟く。
「ふうん。おおかた坊主がねーちゃんの風呂覗いて魔法でぶっ飛ばされたのかと思ったが、違うのか?」
「え? なんでわかったの?」
シドレーの鋭い指摘にリョカは目を丸くして振り返る。すると逆にシドレーも驚きを返し、ふうとため息をつく。
「いや、お前がそう言わなきゃわからんかったで? しかし、こりゃまたすげー魔法もあったもんだな……。みてみい、この切り口。火炎や閃熱じゃないし、風でもないな。なんつうか、魔力で思い切りぶん殴って壊したって感じじゃな……」
破片を手にしてしみじみ呟くシドレー。切り口のささくれかたにつむじのような捻れがあり、力で大きくへこんでいるようにも見える。
「あかんわ……。これは売り物にならんな……」
そういってぽいと捨てるシドレー。他のまだ形を成しているものを抱えると、風の精霊を集めて整える。
「で? お前、修行のほうは終ったん?」
「まずは修理からだってさ……」
「はぁ……。しゃーないな。俺も手伝うから、さっさと終らせるぞ……」
そういうとシドレーは比較的丸い丸太をガロンのほうへ転がす。ガロンがそれで遊んでいる間に、戸板となりそうなものを運び、組み始めた……。
**――**
昨日はリョカの予想通り西の洞窟へ行っていたらしい。ルラフェンの街で売りさばいた薪でルラムーンをお土産に買い、幼き魔物達に餞別として配ったとのこと。
あまった一個は特別にリョカにくれてやるとのことだが、元を正せばリョカの作った薪の対価。一応のお礼を述べながら、複雑な気持ちでそれを口にする。
リョカが彼を面倒見が良いと彼を褒めると、照れくさそうに頬を掻きながらそっぽを向く。そしてふと冷静な顔になると思案気に眉を顰めていた。
それは照れではなく、純粋な困惑からのようで、コメカミをとんとんと叩きながら「思い出せない」と呟くのが印象的であった。
そうこうしている間に何とか壁の修復も終わる。とはいえ、その頃にはもう夕暮れ時。リョカ達は修理の報告をしたあと、宿へと戻ることにした……。
**――**
「放出の修行は閃熱系や集光魔法で行うのが適している。どちらも目視しやすいからじゃな。さて、リョカはすでにレミーラを覚えているようじゃから、集光魔法で行おうと思う。この個室……。まあ平たく言えば倉庫じゃな。ここに篭り、レミーラを持続させながら本を一冊読むことが第一かの。本は好きなものを読むといい。魔法に関するものも多いから、損することもないぞ。もし暇だったら掃除しててもいいしな」
天窓一つしかない四畳半程度の倉庫を指差しながら、ベネットは放出の修行について説明をしていた。切れ込みから光が差し込むものの、本を読める程もない。
リョカは頷き、倉庫に入ると早速光の精霊を集め、レミーラを唱える。すると外側からかちゃんと鍵の掛かる音がした。
「昼になったら一度見に来る。それまでさぼるんじゃないぞい?」
「はぁ……」
開錠魔法を覚えているリョカにとって閂程度ならあって無い物。とはいえ魔法に詳しいベネットといえど、旅の青年が禁魔法の類を知るなどと予想するはずもないのだが。
「さてと……」
ひとまずリョカは本棚にあった一冊の本を手に取った。