ルラフェン編 その二 月夜の晩に-5
「ねぇ、アンさん、教えてくれないかな。僕は君にどんな酷いことをしたの? 君のお父さん、僕が原因で……」
「ん……、それは私もよくわかってないのよ。ただ、貴方も大きく関わってることだから……」
「僕が大きく関わる? 今までにそんなことあったかな……」
「違うの。これからよ」
「これから? まるで予言だね……」
リョカは先ほど読んだ話を思い出す。銀髪の男が呪と言い、別の女性がそれを予言という。そこには矛盾というほど乖離もなく、ただ、同一というには言葉の含みが違う。リョカとアンの見解の違いに似ているかもしれない。
「予言……。そうかもしれないわ。私がこうしてこの世界を旅するのも、それを赦されるのも、全ては予言がさせること……」
「で、その予言で君のお父さんは……?」
おそらくはリョカが関係し、もしくは起因し、アンの父親を害するのだろう。それが目の前の少女を悲しませる結果になるのなら、リョカとしても看過する気にならない。特に父親という点が、この胡散臭い話を見過ごさせなかった。
「それをさせないためにも、貴方はサラボナに行かせたくないの」
「僕がサラボナに行くと、君のお父さんが死んじゃうの?」
「多分……」
「ん……。僕は暗殺みたいな危険な仕事を請けたわけじゃないし、ただ剣を届けるつもりなんだけど……」
頬を掻きながら苦笑いするリョかだが、アンは思いつめた形相で唇を噛む。
「そうか……。でも僕も父さんと約束がある。だからこうしよう。僕は剣を届けたらすぐに街を出る。絶対に余計なことに首を突っ込まない。ああ、ちょっとだけルドマンさんに父さんのことを聞くつもりだけど、そこはいいでしょ?」
「ん〜、できればルドマンさんに会ってほしくないんだけど……」
「そこは譲れない約束だから……。けど、サラボナに知り合いなんていないし、長く滞在するつもりも無いよ。だから、できるだけそういういざこざには首を突っ込まないって約束する。アンさんのお父さんが危ないんでしょ? よく事情はわからないけど、君が嘘を言っているとは思えないし、大切な人を失う辛さはよくわかってるつもりさ」
悲しそうに笑うリョカにアンは驚いた様子で彼を見る。
「そっか、貴方も……。うん、ありがとう……」
唇の端をにっと上げて微笑むアンは、かつて妖精の国で見たときの素直な笑顔を浮かべていた。
「んーん。誰にでも言いたくないことはあると思うし、アンさんの頼みなら断れないよ」
「あら、なんで? 私が可愛い女の子だから?」
「それもあるけど、僕の絵を欲しいって言ってくれる人だもん。そういうのって嬉しいよ」
「あ……、そうね。私、貴方の絵だけは嫌いじゃないから……」
ふぅと軽く息を着き、膝を深く抱えるアン。
「ね、また描かないの?」
「最近はあんまり暇がなくて……」
「そう? でも……また貴方は描くと思うけど……」
「うん。そのうちね。それじゃあ僕はまだ修行があるから、アンさんは……」
天井を見上げ、本棚を梯子代わりにさせるのも淑女に失礼と扉に向かう。そしてドアに手を掛け、鍵が掛けられていたことに気付く。
「ああ、そうだ。鍵、掛かってたんだっけ……」
リョカは開錠魔法の印を組み、ドアを開けようとする……が、
「大地に眠る悪戯な精霊よ、我が囁きに応えて開け、アバカム……」
アンは彼に構わず印を組むと、大地の精霊を呼び起こし、かちゃりと鍵を解く。
「え? アガムじゃなくて、アバカム?」
「あ……」
驚くリョカと、しまったとばかりに眉を顰めるアン。
「一体どこで? 妖精の国? でも、デルトン親方は僕にしか教えてないし、それにアガムを見つけるだけでも大変だったみたいだし……」
「ええと、あの……、これは……だから……」
純粋な疑問を掲げるリョカの視線に対し、アンは油汗のようなものをだらだらと……。
アガムは元々アバカムの効果を落としたもの。複雑なものや魔法鍵の掛けられた物には通用しないという、こそ泥的なものに過ぎない。対しアバカムはこの世の全ての扉を開くとされる物。そして、現在は禁魔法として詠唱法や印の組み方などは封印されている。