ルラフェン編 その二 月夜の晩に-4
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滲んだ箇所がいくつかあり、捲るたびにページが解けそうになる本に悪戦苦闘する。
内容はどうやら竜の神がまだ天空に居たとされる神話の時代の物語らしい。かつてラインハット城でデールに連れられて読んだ内容に似ており、これは物語色を強めたものなのだろう。ただ、呪という言葉にまたも背中がぞくりとしてしまい、続きを読むべきか悩んでしまう。
カツン……。
不意に天井から物音がした。リョカはばっと上を見上げる。
天窓はご丁寧に黒の布で覆われており、誰がいるかは見えない。もっとも、天井に自在に上がれるのは、翼を持った彼ぐらいだろう。
「……まったく、剣をさっさと渡せって言ったのに、どこにいるのかしら……」
そしてまたも本の内容に関わることで自分を驚かせようとする声に対し、さすがのリョカもむっとする。
「シドレー、いい加減に……」
リョカは本棚に足を掛け、天窓に手を掛ける。
「してよね!」
そして一気に開くと、そこには青い布と白い素足が二本、その付け根にはピンクの布地があり、白いレースのふわふわが縁取っているのが見えた。
「え?」
「きゃ! この変態!」
何が目の前にあるのかわからないリョカだが、青い布が無理やり翻ったと思うと、それがそのまま彼の顔面に落ちてきて……、
「わわ……」
柔らかで、すっぱい臭いのするそれを押し当てられると、そのまま自由落下を始める。
魔法で防御するには、不埒な幸せが頭にちらつきそれどこれではなく、彼の後頭部は……。
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「この変態……」
「だって、アンさんが窓の上に居たなんてわからないよ……」
天窓の上に居たのはシドレーではなくアンだった。彼女はリョカを探していたらしく、おかしな部屋を天井近くから飛び立つシドレーを見ていたらしい。
「見たでしょ?」
「え? なにを?」
「しらばっくれないでよ、私のパンツよ!」
「パンツ? ああ……ごめんなさい……」
「もう! 信じられない! この変態! そんなにパンツ見たいの? 女とあればなんでもいいのね!」
「いや、だから……」
真っ赤になって喚き散らすアンに反論は無意味と、リョカは下手に反論はしない。
「まったく、ファーストキスは奪われるし、やっぱり貴方ロリコンなの?」
「ロリコンって……。アンさんはそんなに幼くないでしょ?」
キスの思い出から算出するに今は十六、十七辺りだろうか? だが、不思議とリョカやフローラより若く見える気もする。
「ん、まぁそうかもね」
「あれは事故みたいなものだし……」
「あのねぇ、貴方、人の大切なファーストキスを事故で奪う気?」
「えと……」
「本当に最低ね……」
ご立腹な様子のアンは腕を組んで唇を尖らせる。リョカはどうしてよいものかわからず、頭を掻きながら……。
「でも、僕はアンさんのこと、可愛いと思ってるよ……」
そう応えた。
「はぁ!? あのねぇ、貴方ねぇ……」
するとアンは真っ赤になってリョカを指さすが、二の句が続かないらしくもごもごとなる。
「アンさん、怒ってばっかりだけど、笑ったほうがきっと可愛いよ。ほら、昔妖精の国で会ったとき、すごく可愛いと思ったけどな……」
リョカは天窓を閉めると、レミーラを唱えなおす。ぼっと明かりが彼の手のひらから周囲へ広がり、二人を映し出す。その頃にはアンも落ち着きを取り戻し、やや拗ねた様子でリョカを見ていた。