ルラフェン編 その二 月夜の晩に-11
「それは……」
「ガロンに乗ってください。街まで送ります」
「いや……」
「フローラさん、わがままを言わないで……」
「お願いですの。あと少しでいいの。西に、行って欲しいのです……」
「西に? 何かあるんですか?」
「はい……」
「それは一体?」
「それは……。聞かないでください……」
こんな夜遅くにわざわざ街のはずれの遠いところまで来るのなら、何か理由があるのだろう。それに加えて短い付き合いながら彼女が意外と頑固なのは知っている。それが才能ゆえなのか、お金持ちの子女なのかは別として、リョカは頷くことにした。
「わかりました。けど、もし危なくなったら、たとえどんなことがあっても引き返しますからね? それと……」
先頭を切って西に向かうリョカにフローラは手を叩いて喜ぶ。
「いい加減、おとといのことを赦してくれませんか?」
「まぁ……。どうしましょうかね〜」
フローラはようやくくすりと笑うと、ガロンの背中に腰掛けた……。
**――**
ルラフェン西にある海岸沿いの平地。ここにはある不思議な草が生育するという。
そして、それは神話の時代が神話になる頃から封じられた、ある魔法に必要とされるのだった……。
赤い月が天の真上に来た頃、ようやく優しげな、静かな淡い金色で大地を照らし始めた。
そして、それに応えるかのように、草むらに一輪、不思議な草が青白い光を放って空を向いていた……。
二人と一匹は草原の中ほどで光を放つ、不思議な草を見つめていた。
よく目を凝らすと、あまり例を見ない精霊らしき光がたゆたっており、それが異質なものであるとわかる。
「これが、ルラムーン草……」
「フローラさん、知ってるの?」
「ええ……。私が妖精の村で借りてきた古代の魔道書にあった、魔法の草ですわ……。本当に目にすることができるなんて、光栄の至りですわ……」
うっとりとした様子でそれを見つめるフローラ。嬉々と目を輝かせる彼女はまだ幼い少女の瞳であり、先ほどまでの高圧的な魔法使いの面影などない。
むしろリョカには彼女の横顔こそが神秘的に見え、自然と唾を飲み込んでいた。
「この花を……」
フローラはハンカチを取り出し、そっと手折る。そして薔薇に似た花びらから香るように息を吸うと、そっと口に傾け、雫を飲む。
「ん……」
上質のワインを味わうかのように目を瞑り、すぅっと鼻で呼吸をすると、軽く息を吐く。
「これで私も……」
見たところ何も代わっていない様子だが、次第に彼女の足元に精霊が集まり始め、だんだんと身体を上り始める。
「え? あっ……」
それはどうやら彼女の魔力を吸い上げているらしく、フローラは眠そうに瞼を半分閉じ、眩暈を起こしたようにふらつき始める。
「危ない!」
リョカは咄嗟に彼女を抱きかかえる。
「へ、平気ですわ……。ただ、ちょっと精霊さんを集めすぎたみたいで……」
その間もどんどんとフローラの身体から魔力が放出されつつあり、いくら魔力の高い彼女とて、それはかなりの負担となりえるだろう。
「どういうことなんだい? フローラさんの魔力が……」
「時の精霊はルラムーン草の雫が大好きですの。だからそれを横取りした私に怒ってるのですわ。代わりに魔力を奪おうって……」
弱々しい笑顔の彼女は、こんなときでも魔法と精霊の研究に余念が無いらしく、それがリョカの怒りを誘う。