ラプンツェルブルー 第11話-5
「え?あ、あぁ。良いけど、反対方向じゃないか?」
再びピタリと歩みを止めて回れ右。小走りで僕の地点に戻る彼女は俯いたままで、表情をうかがえない。
「早川?」
ガッと僕の肘を両手――これも面白いくらいに赤かった――で取ると。
「い、行こう」
「あぁ、うん」
再びの早足に、不覚にも足がもつれそうになる。
かろうじて持ちこたえ、数歩。ずっと腑に落ちないままだった事を切り出した。
「早川。訊いてもいいか?」
僕の肘に触れる細い指が、微かに震えるのに僕は確信を得て返事の無い相手に言葉を重ねる。
「なんで、脚本の了承をメールで済ませなかった?」
今日の待ち合わせは彼女からの提案だったのだ。
つまり脚本は『きっかけ』で。
彼女にとっても今日の待ち合わせは『きっかけ』なのだと。
そのあかしのように、先を歩く彼女の足が停まったものだから、あわや彼女にぶつかりそうになるのをかろうじて持ちこたえた。
彼女からの答えは無く。
華奢な背中からでは様子も窺えず。
なので、
ひょっとして。と先回りした僕が言葉を継ぐ。
「あの日の事の返事で困ってるんだったら、忘れていいぞ。あれはある意味、不意打ちみたいでフェアじゃなかったし」
ごめん。で結んだ言葉尻は、ほとんど小さかったけど、恐らく彼女の耳にも届いただろう。
そして再び落ちる沈黙。
「あのね」
永遠にも感じるそれを破ったのは小さくて心細そうなアルトだった。
いつの間にか違えて迷ってしまっていた道程を辿るかのような彼女の言葉の行方をただ僕は見守るしかなくて。
「津田くんのラプンツェルは、髪を切るのがイヤだったわけじゃないと思う」
そうだろうか?あんなに僕のハサミをまるで他人事のように見ていたのに?
早川は憮然とした僕の様子を背後で察し、『解ってない』と言いたげに軽く首を横に振った。
「ひとりぼっちで塔を降りて、彼女に何があるというの?」
あっ。と僕の思考の一部に光りが射す。
そうか。そういうことか。
「彼女は誰かのために生きる自分が欲しかったんだと思う」
塔の上でばっさりと髪を切り落としたあの人に、目の前の現実の君が重なる。
そうだな。早川。
やはり君はクールに第三者を看破してしまうんだ。