ラプンツェルブルー 第11話-4
「正直、読書なんてあんまりしないから読みごたえあったけど。面白かった」
「ありがとう」
「いいんじゃない?せっかく書いたんだし、皆が良いって言うなら採用しても」
「ありがとう」
ほっと安堵の色を浮かべて、ふわりと微笑む彼女。
「あれから『彼女』には?」
僕は、塔の外へ彼女を連れ出した夢からこっち、彼女の夢を見ていない事を話して聞かせた。
その日から今日まで早川とも会う事は無かったんだよな。と思いながら。
そう。と呟く声が寂しげに響く。
「塔から無事に抜け出せたかしら」
「なんだかんだ言って自力で脱出して、今頃、森で不動産屋でもしてるんじゃないか?」
「不動産屋?」
「森を切り売りとか。あれだけ広けりゃ数ヘクタール売り飛ばしたって問題ないだろうし」
僕のいらえの何が楽しかったのか、隣から小さいけれど、いつもより高めのアルトの笑い声。
「だから、笑うとこあったか?」
「だって津田くんの発想ってすごく面白いんだもの。お話とか書いてみたら?」
「気に入ったんなら、そのネタ早川にやるよ」
もったいないなぁ。と霞みがかる春空を仰ぐ横顔を盗み見る。
どこか吹っ切れたようなヘーゼルナッツの瞳に目を奪われたのに気づいたのは、不覚にもその双眸に僕が映し出されたからだった。
ほそりとした華奢な首を傾げる彼女の雄弁な瞳が問いかけている。
「すごく久しぶりだよね?」
「2ヶ月半ぶりくらいだよな」
「愛想尽かしたから連絡しないのかと思ってた」
「そっちこそ」
再び軽い自己嫌悪。
結局きっかけは彼女から与えられたわけで。
彼女なりにいろいろ逡巡を重ねたに違いないのに。
「髪。安心した」
咄嗟のいらえに彼女の瞳が長い三つ編みの先に移る。
「…………から」
伏し目がちな瞳を縁取る睫毛が春の日差しを受けて金茶色に透けているのに気を取られて、彼女の言葉を取りこぼす。
「えっ?」
何て言ったのか訊き返す間もなく、彼女は僕の視線から避けるように足早に歩を進めた。
「早川?」
彼女には似合わない、両腕をブンブンと大きく振りながらの歩調を僕は立ち止まったまま見送る。
あれ?
耳が赤い?てか、うなじまで?
「あ、アイスクリーム。アイスクリーム食べたくない?」
振り返りもせずに問う声は、いつもの落ち着いたアルトより高くて、早くて。