ラプンツェルブルー 第11話-3
「ごめんなさい。お待たせした?」
「いや、俺もついさっき来た」
その週末。
待ち合わせ時間より少し早く着いた僕を見つけ、急ぎ足でやって来る彼女がいる。
春の柔らかい光を集めて揺れる長い三つ編みに、僕は少なからず安堵していた。
煉瓦造りの図書館の壁に背を預けた僕の視界の街路樹は、偶然出会った頃には寒々と空に向かって華奢な枝を伸ばしていたが、今は柔らかな緑色の若い葉とごく控え目な白い花をつけている。
「ハナミズキね。わたしは桜よりハナミズキの方が好きだわ」
僕の視線の行方を追って説明してくれた花は、どこか彼女の憧れているあの人に似ていた。
「うん。葉っぱっぽい花だけど、春を告げてる感じがするよな」
彼女は少し驚いたように瞳を揺らすと「そうね」と笑ってみせた。
そしてどちらからともなく、何処へともないまま、僕らは歩きはじめる。
「脚本、気を悪くした?」
「いや。読んでない」
並んで歩く彼女の視線を横顔に感じる。
まぁ、読んでみてと渡したものを『読んでない』と言われれば、普通びっくりするよな。
「読書するタイプにみえる?」
「見えなくもないけど」
「図書館『内』であんなに浮いてたのに?」
ああ。と小さく感嘆の声をあげて、彼女は俯いた。
「だから、そこ笑うところか?」
彼女は小さく肩を震わせて笑いを堪えている。
「あの時、ラプンツェルの本だったらって」
「読まないし」
言い終わらないうちにつっこんでやると不服そうな顔を上げてこちらを見た。
「嘘だよ」
「え?」
「脚本。読んだから。最後まで」
白くて小さな耳まで、みるみる朱を注すのが面白くて、僕が堪えられなくて笑う番だった。
「すごいな。あれ早川が考えて書いたんだろ?」
隣で微かに頷く横顔はまだほんのり朱くて。
「でも、モデルは津田くんだし」
読んでいるうちに『了解』の疑問は解けた。
閉塞された世界で、夢見る主人公に、客観的に現実を投げかける『時告げ鳥』。
頑なな主人公の世界観に『鳥告げ鳥』の落とす影が混ざり合い、主人公は自らの葛藤と不安に折り合いをつけて新しい世界に踏み出していく。
その『時告げ鳥』が僕によく似ている。
それは裏を返せば、彼女の視点から見た僕を見せられるという事で、くすぐったいような身の置き場に困るような複雑な読後感を味わったのだった。