その三 挨拶-2
〜〜
最近、ぼくは小刀を見つめることが多いんだ。
暗い部屋で白熱球の明かりの下、光を反射する小刀。
四年生だっけかのころ、授業で使った奴なんだけど、せっせと磨いたおかげでいまじゃ新品同様というか、それ以上の切れ味と光沢なんだ。
受験勉強のときとかに集中したいときによく磨いてたんだ。
そうすると昼間の嫌なこととか全部忘れていくから。
だってさ、小刀で嫌いな奴みんなさ……。
〜〜
最悪だ。
なんかしらないけど、また言われたんだ。
『ホモなんでしょ?』
って。
しかも女の子。クラスっていうか学年で一番可愛い子にだよ。
そりゃぼくだって女の子に興味ぐらいあるよ。んーん、女の子のほうが好きだ。男同士で好き合うなんて異常なことしないぞ。
ぼくは女の子が好きなんだ。
けど、最近じゃみんな言うんだ。
孝之と光雄はホモだって。
〜〜
小刀が折れたんだ。研ぎすぎて小さくなった刃がペチっていってさ……。
しょうがないからもっと長いの、いくら研いでもなくならないようなのを買ってきたんだ。
刃渡り十五センチの文化包丁。近くのホームセンターで買ったんだ。
けっこうしたよ。小刀よりずっと高いし。
……。
ぼくは一心不乱に包丁を研いだんだ。
心の中でクラスメートを……ながら。
けどだめなんだ。
どうしても気が晴れない。
くそ、くそ、どうしてだ。
いつもなら、もっと……。
ぼくはただひたすら、砥石と包丁を擦り合わせていたんだ。
けど、気付いたんだ。
どうすればいいかって……。
〜〜
「おはよう」
「ああ、おはよう」
ぼくは今朝も孝之君と一緒になった。
けど、それも今日で終わり。
「そうだ、ちょっといいかな?」
「ああ、おれもちょっと用があるんだ」
だって……。
ぼくはバックの中に隠していた例の光り輝く剣を取り出し、そして同じくバックを探る孝之君に向かって突進する。
どつりと鈍い感触と、生暖かい感じ。
そして痛み。急激に身体が強張る。
どうしてだろう。
ぼくは孝之君を……して楽になるはずなのに。
なのにどうしてぼくが痛いんだろう?
いや、ちがうよ。
孝之君も痛いのかな。
だって、ぼくと孝之君で少しずつ、赤い水溜りをつくってるんだもん。
しょうがないよ……。
相殺(アイサツ) 完