ポートセルミ編 その二 出会いと別れ-9
周囲を探ることしばし、階段の代わりに小屋のような洞窟が見えた。
「すいません……」
誰がいるわけでもないだろうけれど、リョカはそっと入り口らしき穴を潜る。
「ぐるるるる……」
するとそこには金と黒のまだら模様の毛皮、返り血を連想させる赤い鬣のキラーパンサーが居た。
「く、こいつが!」
リョカは昆を構え、防壁魔法を唱える。
「ぐるるるるる……」
威嚇。
リョカはキラーパンサーを睨み、その投足を見守る。
用心棒時代、何度かキラーパンサーと対峙することはあった。
彼らは生粋のハンターであり、勝機を見出すやいなや喉元目掛けて鋭い牙を唸らせ、何人もの用心棒を屠った。
目前のソレはまだ成獣ではないらしく、これまでに見てきたものよりも一回り小さい。けれど、階上での幼い魔物とは違う迫力があり、気を抜けば餌食となりえる。
「ぐる……るるる……」
油汗が額をすべり、目に入る。反射で目を閉じたとき、リョカは死を覚悟して身を強張らせたが、慌てて目を開いたとき、そのキラーパンサーは尻尾を向けて奥へと消えた。
「え?」
そしてリョカが来ないのを寂しそうに振り返り、尻尾を揺らす。
「何で……?」
リョカは意外な展開に呆気に取られながら、警戒を解く。
「なおぉん……」
そして寂しそうな声。
「もしかして、来いってこと?」
リョカは昆を構えながら、その後に続いた……。
**――**
「くっ! 逃がしたか!」
いつの間にか翼の魔物は姿を消し、テリーもその戦闘で息を切らしていた。
「逃がしたかじゃないでしょ! リョカが落っこちちゃったじゃない!」
アルマは銀髪の青年に抗議するが、一瞥を返すだけで居に返さない。
「ちょっと! ふざけないでよ! ほら、リョカを探しに行くわよ!」
「ふん。奴がマヌケというだけだ……」
ラルゴの手渡すタオルで顔を拭くテリー。無造作に返すと、剣をしまう。
「面倒だな……。おい、ラルゴ、行くぞ」
「あう……」
テリーは自然な様子で崖から先へ歩を進めると、そのままヒューっと落っこちる。
ラルゴはというとアルマにぺこりとお辞儀をするので、思わず彼女も「あ、どうも」と返す。そしてやはりがけ下へと落下した。
アルマはその様子を見ながらごくりと息を飲む。かつて彼女が草原でちゃんばらをしていた頃など、本当に子供の頃のお遊びでしかないと思い至った……。
「よいせっと……、ふぅ、しんど……」
すると、代わりにひょっこり顔を出す者が一人。
その声は先ほどの不思議な声であり、おそらくは銀髪の青年とやりあっていた翼の……。
**――**
キラーパンサーについていくと、そこには一振りの剣があった。
鞘に収まったそれは砂や埃で汚れているが、かなりの名品だとわかる。
「これは……?」
キラーパンサーはリョカを導くと行儀良く座り込み、動作を見守っている。
リョカはそれを手にとり、鞘から抜く。型が合っていないせいで抜きにくいが、それはずっしりと重く、鋭い刃。吸い込まれるような雰囲気があり、思わず触れた指先から赤い雫が落ちる。
そして思い出される憧憬。
火にゆらめく向こう側、彼を優しく見守る穏やかな瞳……。
「もしかして父さんの……」
鞘は剣とは別物らしく、そこにはP.Gと印されている。
父の手紙にはパパス・グランバニアとあり、そのイニシャルだろう。リョカは鞘を握り締めると、暫く声を上げずに泣いた……。