ポートセルミ編 その二 出会いと別れ-6
「むっ! ちょっと、お兄さん? もう……、貴方も大概辛気臭いわね……。ねぇ、名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
「なぜ?」
「何故って、一緒に怪物退治に行くんでしょ? それぐらいいいじゃない」
「一緒ねぇ……。俺の目的はあくまでも翼の生えたキラーパンサーの確保。デートを楽しみたいのなら邪魔をするつもりはない」
「ふんだ! ちょっと格好いいからっていい気になって……」
アルマはふんと口を尖らせると、再び本に没頭する。
「へぇ、もしかして貴方は魔物使いですか?」
そのやり取りにリョカは慌てて執り成すように口を開く。
「ああ……」
「僕も昔ある人から魔物使いの素養があるって言われたんですけど、なんだかそういうのがわからなくって……、どうすれば魔物達と仲良くできるんでしょうか? コツがあるんですか?」
「仲良く?」
その言葉に銀髪の青年は面食らったようにリョカを見返す。
「仲良くか……。いや、信頼を築くという点ではあながち間違ってもいないか……。だが、友達感覚というわけではないぞ」
「信頼関係……ですか……」
「貴様は違うのか?」
「ええ、僕は捕まえたってわけじゃないんですけど、ベビーパンサーが懐いていて……」
「ほぉ、ベビーパンサーを手懐けたのか……」
今度の驚きは素直な感心というもので、リョカも思わず照れてしまう。
「えと、手なずけるっていっても、子供ですから、多分刷り込みとかのほうが近いかもしれませんね……」
「いや、それにしてもだ。ふむ。これは面倒なことになりそうだな」
「え?」
「こんな辺鄙な田舎で魔物使いと鉢合わせるとはな……。お前と俺、どちらが先に確保するかな?」
「えっと、別に僕は……」
「テリー」
「はい?」
「俺はテリーだ」
「あ、はい。僕はリョカ、リョカ・ハイヴァニアです」
そっと手を差し出すテリーに、リョカは慌てて両手で握り返し、ぺこぺこと頭を下げる。
「私はアルマ……。アルマールジュエルの女社長。覚えておいて損はないわよ」
すると馬車の中からそんな声。テリーはふっとニヒルに笑うと、森に向かって右手を振っていた……。
**――**
岩場が目立ったところで馬車を待たせる。立て札がご丁寧に「この先魔物の棲家」と示していた。
「さて、行くとするか……」
テリーは背負っていた荷物から布に包まれた剣を取り出す。
平べったく太い刀身で、まるでのこぎりのような形状。黒く輝き、刃先がぎらりと光る一品、それは遠目にもわかるほどの業物で、びりびりと威圧感がしてくる。
「あれミスリル銀でしょ? 魔法剣かしらね……」
簡易の魔法を宿したものというのは一般にも多い。例えば高熱への急な対処として氷結魔法を宿した額当てや、閃光魔法を施した護符を懐炉代わりにするなどだ。それらは錆びたり劣化することも多く、基本的に使い捨てであり、安い金属などの媒体が使われる。
一方で伝説的と呼ばれる武具、道具には、不変とされる金属、純金やミスリル銀、メタル鉄鋼などが使われる。特にミスリル銀やメタル鉄鋼は武具としても有用であり、神話の時代の武器にも使われているとのこと。
また、純金のように武具に適さないものでも、その不変性で高位の魔法を永続させることが可能であり、高名な杖に重宝される。
「ほぉ、博識だな。並の武器屋ならせいぜい黒鉄鋼とほざくがな……」
「こうみえても金属、鉱石は好物なのよ。鉱物だけに……」
胸を張るアルマだが、リョカもテリーも複雑な顔になる。
「こほん……。それはそれとして、リョカ、こんな仏頂面イケメンなんかに負けちゃだめよ。なんとしても私達で羽キラーパンサーを捕まえるのよ! さ、行くわよ」
駄洒落のすべり具合を恥じてなのか、アルマはリョカの腕を掴むと、急いで洞窟へと向かう。
残されたテリーはやはり鼻で笑う。
そしておもむろに右手を上げると……、
「もう出てきていいぞ」
少し離れたところからのそっと緑の竜が……。