第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-9
四日後――。
帝国領旧リンクス王国へとたどり着いたふたり。
国境からほど近い交易都市『ブルーム・ロック』で一晩、宿を取ることにした。
こういう逃亡の際、下手にコソコソとすれば怪しまれるだけだ。ただの旅人を気取ってさえいれば怪しむ者などいようはずもない。
そうして国境まで辿りついたのだが、しかし、国境を越えたからといって気を抜くは素人だ。
仮にも敗戦した占領下の街なのである。やはり、用心にこしたことはない。
そんなわけで旅の小物商のふたり組み、という体で宿をとった。
周囲からしてみれば、夫婦ではないのだろうが、内縁の――といったとこか。そんな勘ぐり受けるような振る舞いをこなすアルフォンシーヌ。
演じるだけならば楽なモノだ。
しかし――
「っはあ……さすがにしんどいな」
宿の二人部屋。
上等とは言い難いが、雨露はしのげる程度の立て付けの狭い一室――その半分以上を占領しているベッドへとイグナーツは倒れこんだ。
そんな男をアルフォンシーヌは密かに窺う。
工作員という職種柄、単独行動が主だったために互いに進んで素顔を晒すことはなかったのだが、当然、黒装束のままであるはずもなく、イグナーツは着古した果実染めのシャツに動物革のベストという所謂『庶民』の格好をしていた。
ようやく見慣れ始めたその素顔――黒髪に猛禽を思わせる眉目、通った鼻梁、面長ながら弛み一つない男臭い顔立ちだ。
「ん?どうした?」
「……べつに。なんでもない」
こちらの視線に気づいたのか、見返してくるイグニーツの声にアルフォンシーヌはあわて、顔をそっぽに向けた。
自身でも、らしくないのは重々承知だ。
照れ隠しに毛先を梳き切りにしている肩までの短髪を指で軽く触れた。
その反応をどう受け取ったのか、イグナーツは喉の中で笑いつつ、訊ねてきた。
「っ、っ……で?どうする、夕食は?」
「宿屋の客室に引きこもりっきりの旅行商などがいるものか」
「だな。んじゃあ、行くか?この街は何度か来たことがあるんでな」
イグナーツが腹筋を用いて、跳ねるように起き上がった。
そして、アルフォンシーヌまで三歩の距離まで近づくと、囁くように続ける。