第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-5
「――――……」
つい先日の記憶である。だが、それが懐かしく、愛おしく思った。
「……ぅ」
聞き耳を立てているものなどいるわけもないが、それでも声にならぬよう、慎重に嘆息した。
若い女だ。
高山植物のような藍色の髪、白磁器を思わせる滑らかな肌、聡明そうな切れ長の双眸、均整の取れた女性らしい身体にすらりと伸びた手足。
どれもが一様に美女という表現が適切なものだったのだろうが、しかし、いまはそのどれもが埃を被り、ところどころが煤けていた。
そんな女――ゴルドキウス帝国随一の暗殺者、アルフォンシーヌ・ゴーンは、その蟲惑的な紅い唇を尖らせると、音にならぬよう深呼吸をした。
彼女はいま、ドラゴン王国王都リンドブルムの西端に建てられた王宮『ヴィーヴル』の北塔――幽閉牢に囚われていた。
腕は拘束され、魔道媒体たる杖はすでに損傷し、手元にはない。
数時間ほど前の戦闘での敗北――これが己の人生の転機であることは間違いない。
べつに処刑されることは畏れてもいないし、きっと、実行されないだろう。
――なぜなら、それよりも早く、帝国の手が伸びるからだ。
その手が差し伸べられるか、ナイフを握っているかはアルフォンシーヌの知るところではない。
帝国近衛の工作班が自身をどう評価しているかが問題なのだ。
戦力的に不可欠と断じられ、運よく、救出手段でもあれば、助けがくるだろう。
けれど、救出時のリスクが高い――または、そもそも自分が重要視されていなかったら、来るの刺客だ。
帝国の近衛に、同僚だからとお情けをかけてくれるような生温い輩はいない。
期待して精々、苦しまないように殺してくれるのくらいの優しさか。
――どちらにしたって代わらない。要は、自分にできることは、ただ大人しくこの牢に繋がれていることだけなのだ。
――それに、救出だろうと刺客だろうと、来るには二三日は有するはずである。ならば、こんな環境なのは残念だが、久々にのんびりできる時間を満喫しよう。
そうアルフォンシーヌが決意し、ジャラジャラと手枷をそのまま、簡素――を通り越して、不清潔なベッドへと身体を預けた。
――あの可愛いかった従兄弟弟子との戦闘で、魔力を消耗しすぎた。
睡魔の誘惑を受け入れるのに、さほどの時間も必要としなかった。