第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-36
(『……なぜ、わたしにそこまでするんだ?』――か……)
それは、彼女が姉の愛弟子だからだ。
それは、彼女が自分の部下だからだ。
それは、彼女が――――
(たははっ。もう四十一だぞ、俺?二回りも若い娘になにを……)
自嘲した。
実を言えば、彼女と最初に会ったのは十年近く前のことになる。
まだ、彼女が乙女だったころだ。――まあ、まだ『乙女』らしいが。
姉と義兄の家に招かれたときだった。
新しい弟子で、白魔法の筋がいいのだ、と紹介された。
才能だけで言えば、天下に名を馳せるベルゼル・アイントベルグすら凌駕するとさえ褒めちぎっていた。
最初は、親バカならぬ師匠バカではないのかと思った。
だが、姉たちの弟子同士で魔法合戦をしたとき、アルフォンシーヌの見せた才覚の片鱗に、正直、己は心震えた。
同等以上の黒魔法の天才である『魔人』を見たときは、どうとも思わなかったのにだ。
――まるで、ガキの初恋だ。
フェルナンは口角を歪め、そして、またまずい葡萄果汁で喉を湿らせた。
――それから、どれほどの時間が経っただろう。
月は見えず、星も木々に呑まれて窺えないため、正確な時間はわからなかったが、そんな長い時間ではないと思う。
背後で――空洞の中で人の動く気配を覚えた。
それから三十秒、覚醒を果たしたアルフォンシーヌがこちらにやってきた。
「起きたのか?まだ、二時間も寝ていないが……」
フェルナンはそちらを見もせずに他愛ない台詞を選ぶと、そう呟いた。
しかし、背後の女からは返事はなかった。
ふらりふらりと、どこか気の抜けたような心ここに在らずといった雰囲気の『死神』。
フェルナンはそこでようやくいぶかしんだ。
振り返ろうと、上体に力を入れようとする。