第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-3
ここはリンクス王国の同盟の王都である。
頑強な守りの城塞都市であったが、帝国の手にかかれば三日と保たなかった。
まあ、大きな要因といえば帝国の圧倒的な物量差とリンクス騎士の不甲斐なさ。
――そして、あの男の力か。
パスク・テュルグレ。
『魔人』と字された、師の夫の弟子だ。いうなれば従兄弟弟子といったところか?
わたしが知る中で、おそらくは五指に入る魔導師だ。
あの膨大な魔力を素に放たれる黒魔法の絶技は、正直、そこらの齢を喰って経験だけが豊富な老導師ごときが何百と群れようが太刀打ちできない、絶対的な暴力性を有していた。
初めて会った時は、可愛らしい少女――のような少年だとしか思わなかった。
けれど、かの導師――ベルゼル・アイントベルグ導師の下で瞬く間にその空前絶後の才を開花させた。
入門一年で、生徒心得を卒業、準導師級に追いついた。
その半年後には、導師級にまで熟し、さらに二ヶ月で晴れて導師位を受けた。
きっと、『賢者の律令』の過去最速の導師位の授与だったのでは、と思う。
もちろん、入門の年齢によって差異が生まれることなので大した意味はないが、それでも、異常なほどの早さだということは確かだ。
とまれ、二年弱で、彼は正式にベルゼル・アイントベルグ導師の門下になった。
そして、それから二年、あの男の成長を止めることは誰にも適わなかった。
ベルゼルの妻であるリーズロッテ・アイントベルグ導師の門下だったわたしは、そのためか、ベルゼルの教室の者たちと張り合っていたが、終ぞ、あの男を負かすことはできなかった。
――まあ、向こうに勝ち星を譲ったこともないが。
とかく、親交があった。両導師に連れられ、一緒に遺跡の探索などにも行ったことなども一度や二度ではない。
――なのに、あの男は帝国を裏切った。
――しかも理由が「助けなければならない女性がいるから」だと?不戯けるな。
「おいお〜い……『死神』さん?眉間にシワが寄ってるぜ?」
「っ――」
リンクス王宮の贅を凝らした白大理石の大回廊。その角で、ひとりの男に声をかけられた。
見ると、黒衣の男が立っていた。
『首刈りの黒三日月』のイグナーツ。
年齢不詳、本名不詳――だが、確かなのは優秀な暗殺者であることだ。
いいや、語弊がある。暗殺者ではない。工作兵だ。
帝国の正史には乗ることのない、暗部の騎士。