第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-26
「っ!」
突如、強烈な熱量に顔を炙られ、うなじが隠れるほどにしていた藍色の髪が煽られ、舞った。
とっさにつむってしまった両目を開くと、さきほどまで確固と存在していた石造の建造物が――暗黒の火に包まれていた。
『闇色の炎』だ。これは『魔人』パスクの得意とする『黒雷』と同種の炎の黒魔術である。
また、リーズロッテが得意としていた魔法のひとつでもあり、対象を嘗め尽くすまで決して消えることのない超高温の火炎魔法なのだ。
一階部に着火した『闇色の炎』は数秒の間で最上階まで燃え広がり、建物を黒く染め上げた。
あの建物中には、自分たちを追い詰めようと百人近くの男たちがいたはずだが――この火の勢いを見る限る、助かりはしないだろう。
「まあ、この魔法――対象が燃え尽きれば存外、水気には弱い。この雨だ、隣家に燃え移ってもたかが知れているな。もちろん、きみには言わずもがなだろうけど」
再び背中に腕を回してきたフェルナンが「たはったはっ」と笑った。
先の「幸運」というのはこの街の人間に向けた言葉だったのかもしれない。
「では――逃げるかね?こんな美人と愛の逃避行なんて、オジサン嬉しいなあー」
「……そろそろ本気で怒ってもいいか?」
「たははっ。冗談だ」
直後、慣性の付加に身を襲われたかと思うと、フェルナンは急加速しつつ街の上空を飛んでいた。
『フライ』の魔法などでは追いつけもしないだろう、まるで鳥のような速度だ。
それから、街が見えなくなるまでに十分とかからなかった。
「いい加減、事情を説明してもらおうか?」
『ブルーム・ロック』を脱出し、さらに三十分は飛んだ先――『イヴァン樹海』を内側に一里ほど進んだ辺りにできた空洞である。
事前に用意していたのか、空洞の中には一式の旅道具が二組用意されていた。
「さすがに魔力が――」と干し肉をモソモソやるフェルナンへ、所在無く空洞の隅で岩に腰を下ろしていたアルフォンシーヌが訊ねた。
空洞はフェルナンが用意した魔導照明で黄色く照らされているが、熱源はなく、そのためだろう、アルフォンシーヌは背筋に冷たいものを覚える。
そんな環境もなんのその、革袋から中身を口に含み、口腔内を綺麗に流すとフェルナンが答えてきた。